・・・そういう精神が涵養されなかったために未だに日本新文学が傑作を生んでいない。あなたはもっと誇りを高く高くするがいい。永野喜美代。太宰治君。」「わずかな興を覚えた時にも、彼はそれを確める為に大声を発して笑ってみた。ささやかな思い出に一滴の涙・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・そろそろ小説の世界の中にはいって来ているのであるから、読者も、注意が肝要である。 立ち直る、ということは、さっきも言ったように、これは、容易のことではない。何故といって、私が、どろぼうの話をするに当って、これだけの、ことわり文句が必要で・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・だからして、王さまと王妃さまの深き御寛容を無視しては、この物語は成立せぬ。お前たちは、まだ若い。そういう蔭の御理解に気が附かず、ただもう王子さまやラプンツェルの恋慕の事ばかり問題にしている。まだ、いたらんようじゃ。わしは、ヴィクトル・ユーゴ・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・しかしニーチェを評してギラギラしていると云った彼はこれらの弱点に対してかなり気の永い寛容を示している。迫害者に対しては常に受動的であり、教えを乞う者にはどんな馬鹿な質問にでも真面目に親切に答えている。 智能の世界においての貴族である彼は・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・八巻なり十巻なりの映写を退屈することなしに見ていられることが肝要であり、見たあとで全体としても細部としても深い感銘を印象されることが大切である。それにはイデオロギーの教養に無関係に世界の人間の心を捕えるものがなければならない。そうしてそれは・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・こういうふうの技巧で過去を現在に反射――対照する方法はこの監督のかなり得意な慣用手段であるように見える。たとえば同じようなスートケースが少なくも四五度現われて、それが皆それぞれ違った役目をつとめると同時にその物を通して過去をフラッシュバック・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・しかし、悪いことを咎めるのが大切であると同時に善いことを勧めるのもなおさら肝要である。議会でも暴露の泥仕合にのみ忙しくして積極的に肝要な国政を怠れば真面目な国民は決して喜ばないであろうと同様に、学位授与の弊害のみを誇大視して徒らにジャーナリ・・・ 寺田寅彦 「学位について」
・・・ただ生来の不文のために我学界に礼を失するがごとき点があるかもしれないが、これについては単えに読者の寛容を祈る次第である。 寺田寅彦 「学位について」
・・・これについては特に母となる人達の理化学的知識に対する理解と興味の水準をもう少し引上げることが肝要であろうと思われる。科学に対する興味を養成するには、六かしくて嘘だらけの通俗科学書や浅薄で中味のないいわゆる科学雑誌などを読んでもたいして効能は・・・ 寺田寅彦 「家庭の人へ」
・・・こんなことから考えてみると、我国固有の国民思想を保存し涵養させるのでも、いつまでも源平時代の鎧兜を着た日本魂や、滋籐の弓を提げた忠君愛国ばかりを学校で教えるよりも、時にはやはり背広を着て折鞄でも抱えた日本魂をも教える方がよくはないかという気・・・ 寺田寅彦 「変った話」
出典:青空文庫