・・・女房と言うのは体のがっしりした酒喰いの女だった。大人数なために稼いでも稼いでも貧乏しているので、だらしのない汚い風はしていたが、その顔付きは割合に整っていて、不思議に男に逼る淫蕩な色を湛えていた。 仁右衛門がこの農場に這入った翌朝早く、・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・「ところで、はい、あのさ、石彫の大え糸枠の上へ、がっしりと、立派なお堂を据えて戸をあけたてしますだね、その中へこの……」 お米は着流しのお太鼓で、まことに優に立っている。「おお、成仏をさっしゃるずら、しおらしい、嫁菜の花のお羽織・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・そして、その中には、黒い鉄のがっしりしたかごの中に、一頭の大きなくまが、はいっていました。 北の寒い国で捕らえられた、この力の強い獣物は、見せ物にされるために、南の方へ送られる途中にあったのです。しかし、くまには、そんなことはわかりませ・・・ 小川未明 「汽車の中のくまと鶏」
・・・しかし刳物台に坐っているときの彼のなんとがっしりしていることよ。彼はまるで獲物を捕った虎のように刳物台を抑え込んでしまっている。人は彼が聾であって無類のお人好であることすら忘れてしまうのである。往来へ出て来た彼は、だから機械から外して来たク・・・ 梶井基次郎 「温泉」
・・・ 大きな井桁、堂々とした石の組み様、がっしりしていて立派であった。 若い女の人が二人、洗濯物を大盥で濯いでいた。 彼のいた所からは見えなかったが、その仕掛ははね釣瓶になっているらしく、汲みあげられて来る水は大きい木製の釣瓶桶に溢・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・どの肩もどの肩もがっしり何かを背負っているようだ。行一はいつもそう思う。坂を下りるにつれて星が雑木林の蔭へ隠れてゆく。 道で、彼はやはり帰りの姑に偶然追いついた。声をかける前に、少時行一は姑を客観しながら歩いた。家人を往来で眺める珍しい・・・ 梶井基次郎 「雪後」
・・・利かぬ気の、がっしりした鬼童であったろう。そしてこの鬼童は幼時より学を好んだ。「予はかつしろしめされて候がごとく、幼少の時より学文に心をかけし上、大虚空蔵菩薩の御宝前に願を立て、日本第一の智者となし給へ。十二の歳より此の願を立つ」 ・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ 十二歳の兄は、がっしりした、百姓上りらしい父親の頸を持って起き上らそうとした。「パパ」 また弾丸がとんできた。 弟にあたった。血が白い雪の上にあふれた。 六 間もなく、父子が倒れているところへ日・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・暗い竹藪のかげの細道について、左手に小高い石垣の下へ出ると、新しい二階建ての家のがっしりとした側面が私の目に映った。新しい壁も光って見えた。思わず私は太郎を顧みて、「太郎さん、お前の家かい。」「これが僕の家サ。」 やがて私はその・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・丈が低く、がっしりしていて、背を真直にして歩いている。項は広い。その上に、直ぐに頭が付いている。背後にだけ硬い白髪の生えている頭である。破れた靴が大き過ぎるので、足を持ち上げようとするたびに、踵が雪にくっついて残る。やはり外の男等のように両・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
出典:青空文庫