・・・中背で、肥っていて、がっしりしている。四十三にしてはふけて見える。皮膚は蒼白に黄味を帯び、髪は黒に灰色交じりの梳らない団塊である。額には皺、眼のまわりには疲労の線条を印している。しかし眼それ自身は磁石のように牽き付ける眼である。それは夢を見・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・網目はどのくらいの大きさであったか覚えないが、霞網などよりはよほどがっしりしたものであったらしい。 明治三十四年の暮であったと思う。病気で休学して郷里で遊んでいたときのことであるが、病気も大体快くなってそろそろ退屈しはじめ、医者も適度の・・・ 寺田寅彦 「鴫突き」
・・・ 少しダラダラ坂になった通りを行くと、右側に煉瓦の大きい工場が現れた。がっしりとした門にソヴェト同盟の国標、鎚と鎌をぶっちがえにしたものを麦束でとりかこんだ標がかかげてあり、その上に、ドン国立煙草工場と金字で書いてある。門衛がいるが、一・・・ 宮本百合子 「明るい工場」
斜向いの座席に、一人がっしりした骨組みの五十ばかりの農夫が居睡りをしていたが、宇都宮で目を醒した。ステイションの名を呼ぶ声や、乗客のざわめきで、眠りを醒されたという工合だ。窓の方を向いて窮屈に胡座をくんでいた脚を下駄の上に・・・ 宮本百合子 「北へ行く」
・・・石南花など、七八年前札幌植物園の巖の間で見た時は、ずんぐりで横にがっしりした、まあ謂わば私みたいな形だったのに、ここで見ると同じ種類でもすらりとし、背にのびている。 これは、別府でふと心づいたことだが、九州を歩いて見、どこの樹木でも大体・・・ 宮本百合子 「九州の東海岸」
・・・組織と計画の理性の明るさそのものでがっしり組んで来るような颯爽たる大建築の内部には、社会主義労働の全組織網が納っているのだ。 ソヴェト全勤労者の祭日であるメーデーの前日からモスクワ市は一切酒類を売らせなかった。 当日は全市電車がない・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・ ソヴェトの労働者っていうと、その話だけでも、どうも偉くがっしりしてやがるみたいだが、そいでもいつかヘベレケになることもあるのか? ――モスクワへ行ったばかりの時分は、よくウォツカの瓶握ってひょろついてる奴を見たもんだ。焼酎みたいなもの・・・ 宮本百合子 「正月とソヴェト勤労婦人」
・・・それも小露西亜の農民らしくがっしり小肥りな婦人ではなく、清げに瘠せた体に、蒼白い神経質な顔、同じように鋭い指。それに写真画帖のようなものを持ち、「お買い下さい。いりません?」 買いと云う字に妙なアクセントをつけながら、笑顔とともに遠・・・ 宮本百合子 「小景」
・・・広い弓形の窓をとり、勿論洋風で、周囲にがっしりした木組みの書棚。壁は暗緑色の壁紙、天井壁の上部は純白、入口は小さくし、一歩其中に踏入ると、静かな光線や、落付いた家具の感じが、すっかり心を鎮め、大きく広い机の上の原稿紙が、自ら心を牽きつけ招く・・・ 宮本百合子 「書斎を中心にした家」
・・・ 質素な服装。がっしりした肩つきだ。若いの、中年の、いれまじった顔は、どれも自分たちの思考力を鉛筆の先へつかまえておくために本気である。 地味な、断髪の女が机と机との間をしずかに歩いている。肩ごしに女たちの手帳をのぞき、時々必要な注・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
出典:青空文庫