僕の十四の時であった。僕の村に大沢先生という老人が住んでいたと仮定したまえ。イヤサ事実だが試みにそう仮定せよということサ。 この老人の頑固さ加減は立派な漢学者でありながらたれ一人相手にする者がないのでわかる。地下の百姓・・・ 国木田独歩 「初恋」
・・・でも、頑固に、「いいえいな、家に、市の学校へやったりするかいしょうがあるもんかいな。食うや食わずじゃのに、奉公に出したんにきまっとら。」と、彼女は云い張った。 が、人々は却って皮肉に、「お前んとこにゃ、なんぼかこれが(と拇指と示指と・・・ 黒島伝治 「電報」
・・・と温かげなものが、急に、頑固な冷たいものに変った。「自分はまだ癒っちゃ居らんでしょう! この病院でもいい、こゝに置いて下さい! いやだ! 俺ゃまだ銃がかつげないんです!」 栗本の眼はそれを訴えた。そして、軍医の顔を、何か反抗するよう・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・そして、夫婦をきめるのは、自分でなく、やかましい頑固な親だった。 今は、町へ出た娘達は、そこで、でっくわした男と勝手に一緒になった。 村へちょっと帰って、又、町へ出かけた。 次に村へ帰る時、又、別の男と一緒になっていたりした。人・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・た……怒ったような青筋に気がついた……彼の二の腕のあたりはまだまだ繊細い、生白いもので、これから漸く肉も着こうというところで有ったが、その身体の割合には、足だけはまるで別の物でも継ぎ合わせたように太く頑固に発達していた……彼は真実に喫驚した・・・ 島崎藤村 「足袋」
・・・ ところで、私の最初の考えでは、この選集の巻数がいくら多くなってもかまわぬ、なるべく、井伏さんの作品の全部を収録してみたい、そんな考えでいたのであるが、井伏さんはそれに頑固に反対なさって、巻数が、どんなに少くなってもかまわぬ、駄作はこの・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・ 北さんは頑固で、今まで津軽の私の生家へいちども遊びに行った事がないのである。ひとのごちそうになったり世話になったりする事は、極端にきらいなのである。「兄さんは、いつ帰るのかしら。まさか、きょう一緒の汽車で、――」「そんな事はな・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・君は、そういう場合、まるで非芸術のように頑固で、理由なしに、ただ、左を右と言ったものだが、温良に正直にすべてを語って御覧。誰も聞いていないのだよ。一生に最初の一度。嘘でも、また、ひかれ者の小唄でもないもの。まともなことを正直に僕に訴えて見給・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・するとある化学的物質の濃度に持続的な異常を生じて、それが脳神経中枢のどこかに特殊の刺激となって働く、そうして元の精神集注状態がやんだ後までも残存しているその特殊な刺激物質のために、それによる刺激作用が頑固に残留しているのではないか。そこで映・・・ 寺田寅彦 「映画と生理」
・・・ エネルギー保存説の開祖ロベルト・マイヤーは、当時の物理の世界から見ればむしろ旋毛曲りの頑固な田舎親爺であったに相違無い。 寺田寅彦 「科学上における権威の価値と弊害」
出典:青空文庫