・・・と津田君は教育ある人にも似合ず、頑固に愚な事を主張する。「しようがないって――何だか見て来たような事を云うぜ。おかしいな、君本当にそんな事を話してるのかい」「無論本当さ」「こりゃ驚いた。まるで僕のうちの婆さんのようだ」「婆さ・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・で三度に一度は頑固な私もつい連れ出される事があります。監督者と云いますか、何と云いますか、まず案内者あるいはお傅とでも云う格なんでしょう。暑い所へ入って鼻の頭へ汗の玉を並べて我慢をして動かずにいる事があります。すると子供からよく質問を受けて・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・ ――俺たちも―― 此考えを、彼等は頑固な靴や、下駄で、力一杯踏みつけた。が、踏みつけても、踏みつけても、溜飲のように、それはこみ上げて来るのだった。 病める水夫は、のたうちまわった。人間を塩で食うような彼等も、誇張して無気味が・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・爾薩待「君、君、そう頑固なこと言うんじゃないよ。実は僕も困ってるんだ。先月まではぼくは県庁の耕地整理の方へ出てたんだ。ところが部長と喧嘩してね、そいつをぶんなぐってやめてしまったんだ。商売をやるたって金もないしね、やっとその・・・ 宮沢賢治 「植物医師」
・・・ 皺のある大きい老職工の顔のかぶさった肉体的な全容積と頑固な形をしているくせにその仕事にかけての巧妙さを語る大きい手先とが、小さな覗き眼鏡の円筒を中心として、その小さい道具を既に生理の一部分にとかしこんでいるような吸着力で捉えられている・・・ 宮本百合子 「ヴォルフの世界」
・・・ ×手ばなしでなぐられる金しばりの中で頑固に自らを試煉する。 これらの作品は、非常に複雑で熱い意欲をたくみに圧縮しつつ心を打つ力をもっていると思われますし、別な例では、ようやく終った所長の訓示・・・ 宮本百合子 「歌集『集団行進』に寄せて」
・・・極蒙昧な、極従順な、山の中の百姓と、なんの択ぶ所もない。只頭がぼんやりしていないだけだ。極頑固な、極篤実な、敬神家や道学先生と、なんの択ぶところもない。只頭がごつごつしていないだけだ。ねえ、君、この位安全な、危険でない思想はないじゃないか。・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・己は頑固だからなあ。」「どう致しまして。あれがわたくしの一生の教訓になりましたのでござりました。もうお暇を致します。「泊まって行かんか。己の内は戦地と同じで御馳走はないが。」「奥様はいらっしゃりませんか。」「妻は此間死んだ。・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・ 相手の人格が頑固野卑である場合には、誤解を解くことはますますむずかしい。耶蘇でさえそれを解き得なかった。 私は群集の誤解を恐れてはならない。そして誤解を解くための焦燥などは絶対にしてはいけない。たやすく群集に理解されることは危険で・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
・・・ほど人格的な力となっているか、その方が大切だ、とこう気づき始めると、儒教で育てられた父の思想が時勢の変遷といっこうに合っていないにかかわらず、根本において極めて正しい、またその思想に従って行為する上に頑固な固意地な確かさがある、ということが・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
出典:青空文庫