・・・ 科学上の真を言明するために使用する言語や記号は純化され洗煉されて、それぞれ明確な意味をもっている。換言すれば有限な数の言語で説明し尽さるべき性質の概念である。漫画家の言語たる線や点や色はこれに反して多次的な無限の「連続」を形成するもの・・・ 寺田寅彦 「漫画と科学」
・・・これが大きな管弦楽ならばまたいっそう多数の音が重畳して来るわけであるが、連句の一句に同時に響いて来る表象情緒の重なり方の複雑さは、管弦楽などよりもいっそうウルトラの複雑さで到底数字や記号で表わさるべき程度のものではないのである。それでもわれ・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・世にはまた色紙短冊のたぐいに揮毫を求める好事家があるが、その人たちが悉く書画を愛するものとは言われない。 祖国の自然がその国に生れた人たちから飽かれるようになるのも、これを要するに、運命の為すところだと見ねばなるまい。わたくしは何物にも・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・ 毎年庭の梅の散りかける頃になると、客間の床には、きまって何如璋の揮毫した東坡の絶句が懸けられるので、わたくしは老耄した今日に至ってもなお能く左の二十八字を暗記している。梨花淡白柳深青 〔梨花は淡白にして柳は深青柳絮飛時花・・・ 永井荷風 「十九の秋」
・・・だからお上でも高等官一等を拵えてみたり、二等を拵えてみたり、あるいは学士、博士を拵えてみたりして門外漢に対して便宜を与え、一種の締括りある二字か三字の記号を本来の区別と心得て満足する連中に安慰を与えている。以上を一口にして云えば物の内容を知・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・そしてまた、音そのものの記号の上にだけ民族的特徴をとらえたとして、それの羅列で作ったところで、やはり流動する生命のリズムとしての民族性は人の心をうつものたり得ないことが実感されたのも興味ふかかった。文学は、文字でかかれつつ文字の上にだけその・・・ 宮本百合子 「音楽の民族性と諷刺」
・・・幸福であろうとする意欲は、人類が幸福という言葉の符号も、文字としての記号も持たなかったときから存在しつづけている。人類が社会を構成しはじめてから、それについての認識をもちはじめて以来、より幸福に、より快適に生きようとする希望から築きあげてき・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・そしてその観念学は常にその人々の全存在とその人の宿命にかかっているとする小林秀雄は、あらゆる芸術家と作品の中に「人間情熱の記号」「誠実な歌」「人間的なるもの」を掘り出すことを職務として表明したのであった。しかしながら彼の云う人間の全存在、或・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・そこで人類の祖先たちは、イリーンが面白く旅行しているように、一定の約束をもった長さ、短かさで棒に記号を刻みつけたり、ぶら下げた繩にそれぞれ約束できめられている形で結び目をこしらえたりしはじめた。 人類が、火をこしらえる方法を発見したこと・・・ 宮本百合子 「文学と生活」
出典:青空文庫