・・・ムの決議は日本のプロレタリア文学運動が、シッカリと大衆の中に根を張り、国際的な連関において前進して行くために、もっとも重要な、さしあたって第一番に議題として我々が討議し、具体化しなければならない幾多の貴重な提案をなしている。 プロレタリ・・・ 黒島伝治 「農民文学の問題」
・・・これが文学の基調をなすとき、視野の狭さと、一面性と、必要以上のこじつけのため、著しくその芸術的価値を減殺する。「肉弾」は小説ではない。記録的なものである。日露戦争に弾丸の下に曝された一人の将校によって書かれた。そこには、旅順攻囲戦の戦慄・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・そのうちに、紅と藍色とのまじったものを基調の色素にして瑠璃にも行けば柿色にも薄むらさきにも行き、その極は白にも行くような花の顔がほのかに見えて来る。物数寄な家族のもののあつまりのことで、花の風情を人の姿に見立て、あるものには大音羽屋、あるも・・・ 島崎藤村 「秋草」
・・・熊吉は帰朝早々のいそがしさの中で、姉のために適当な医院を問合せていると言ったが、自分はそんな病人ではないとおげんは思った。彼女は年と共に口ざみしかったので、熊吉からねだった小遣で菓子を仕入れて、その袋を携えながら小さな甥達の側へ引返して行っ・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・永田は遠からず帰朝すると言うし、高瀬は山の中から出て来たし、いよいよ原も家を挙げて出京するとなれば、連中は過ぐる十年間の辛酸を土産話にして、再び東京に落合うこととなる。不取敢、相川は椅子を離れた。高く薄暗い灰色の壁に添うて、用事ありげな人々・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・父としての私が生活の基調を働くことに置いたのはかなり旧いことであること、それはあの山の上へ行って七年も百姓の中に暮らして見たころからであること、金の利息で楽に暮らそうと考えるようなことは到底自分ら親子の願いでないこと、そういう話までも私は二・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・中でも五〇万冊の本をすっかり焼いた帝国大学図書館以下、いろいろの官署や個人が二つとない貴重な文書なぞをすっかり焼いたのは何と言っても残念です。大学図書館の本は、すっかり灰になるまで三日間ももえつづけていました。 以上の外、火災をのがれた・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・そうして、その時の大興奮は、いまでも、私の最も貴重な思い出の一つになっているのである。この子にも、いちど海を見せてやりたい。 子供は女の子で五歳である。やがて、三鷹の家は爆弾でこわされたが、家の者は誰も傷を負わなかった。私たちは妻の里の・・・ 太宰治 「海」
・・・もっともあなたのような表現の態度こそ貴重なものだということも私は忘れて居りません。あなたを、やはり立派だと思いました。あなたに限らず、あなたの時代の人たちに於いては、思惟とその表示とが、ほとんど間髪をいれず同時に展開するので、私たちは呆然と・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・あのときの一種崇高の感激は、生涯にいちどあるか無しかの貴重のものと存じます。ああ、不要のことのみ書きつらねました。おゆるし下さい。高橋君は、それ以後、作家に限らず、いささかでも人格者と名のつく人物、一人の例外なく蛇蝎視して、先生と呼ばれるほ・・・ 太宰治 「虚構の春」
出典:青空文庫