・・・ 行き届いて几帳が立ててあるのだから、深草少将が庭先に入って来た時だけでも、そのかげに半ば隠れ立って、自らな女らしい心のときめきを示してもよかったろう。後で身代りと露見した時の小町の驚き、憤りを、一層愛らしい人間的なものにする効果もある・・・ 宮本百合子 「気むずかしやの見物」
・・・ Sさん、御良人の帰朝までもう一年。半年経ってやっと留守に馴れた。人間が境遇に馴れる力。シュニツレル、ゲーテ、イディオットのこと。子供のこと。年をとった女に歌心、絵心、それでなければ信心がある方がいいこと等。 これあるかな松茸飯に豆・・・ 宮本百合子 「金色の秋の暮」
・・・この散文精神という表現は武田さんが三四年前云い出されたことで、云い出された心持には、現実に肉迫して行ってそこにあるものをそれなり描き出すことで、現代のあるがままの姿そのものに語らしめようという気持が基調となっていたと思う。現実の複雑な力のき・・・ 宮本百合子 「現実と文学」
・・・の歴史にもたらされて、日本の知性は、強靭な知的探求力とその理づめな権威力をもつより、いつも感性的である。その日本の感性的な知性が西欧のルネッサンスおよびそれ以後の人間開花の美に驚異したのが「白樺」の基調であった。 繋がれているものにとっ・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・特高は自分の横顔をしきりに注視しているが、自分は今度のことを機会に自分達の全生活が全くこれまでと違う基調の上に立てられるようになるものだということは知っているのだ。 自分は、立ったままテーブルの上にあった硯箱を引きよせ、墨をすりおろして・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・この作者はそういう表現をも人の世の姿へうち興じての味として活かそうとしているらしいが、結局は全篇の基調がそういう作者の現実への当りかたから角度を鈍らされていて、青野氏の評言どおりねてしまったのだと思える。この「運・不運」は書き改められる、材・・・ 宮本百合子 「今日の文学の諸相」
・・・ 十七年振りでアメリカから帰朝した佐藤俊子氏が、十七年留守をしていたということから生じた却って一種の清純さ、若々しさでアメリカにおける日本移民、第二世の生活を「小さき歩み」に進歩的な目で描いたのは興味あることであった。 国際ペンクラ・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・ これ等の人間的感性と文学の頽廃に安ぜず、同時に、還り得べからざる王朝文学の几帳のかげをも求めない作家たち、深田久彌、山本有三、芹沢光治良等の諸氏は、それぞれ、モラルと真実との再誕を求めて作品にとりくんだが、これらの真面目な人間的・文学・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・ヒューマニズムの問題は、今日、そして明日、すべての人々の生活と文学との上に依然として重大な基調をなすものであるから、この機会にこの問題を眺め直すことも無駄であるまいと思う。 先ず第一に注目されることは、フランスにおける文化擁護の全運動の・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・というような帰朝談などをきかされると、わたしたちにいろいろの疑問がわいてくる。朝日新聞が、特別寄稿料として三十万円片山氏におくったと、ジャーナリズムでいわれているが、この金額を三六〇でわった千ドル弱で西ヨーロッパとアメリカが巡遊できようとも・・・ 宮本百合子 「再武装するのはなにか」
出典:青空文庫