・・・ 姉が種々と衣服を着こなしているのを見ながら、彼は信子がどんな心持で、またどんなふうで着付けをしているだろうなど、奥の間の気配に心をやったりした。 やがて仕度ができたので峻はさきへ下りて下駄を穿いた。「勝子がそこらにいますで、よ・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・リンカーンはたった三冊の書物によってかれの全性格を造り上げたという記事が強く自分を感動させたのであったが、この事実は書物の洪水の中に浮沈する現在の青少年への気付け薬になるかもしれない。「リンカーン伝」でよびさまされた自分の中のあるものが・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・「さあ、そでば、気付けないがた。」「こんどあ、おれあ行って見べが。」「行ってみろ」 三番目の鹿がまたそろりそろりと進みました。そのときちょっと風が吹いて手拭がちらっと動きましたので、その進んで行った鹿はびっくりして立ちどまっ・・・ 宮沢賢治 「鹿踊りのはじまり」
出典:青空文庫