・・・子、実は、れいの高い高いの立葵の精は、この満場の拍手、叫喚の怒濤を、目に見、耳に聞き、この奇現象、すべて彼が道化役者そのままの、おかしの風貌ゆえとも気づかず、ぶくぶくの鼻うごめかして、いまは、まさしく狂喜、眼のいろ、いよいよ奇怪に燃え立ちて・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・富籤が当って、一家狂喜している様を、あるじ、あさましがり、何ほどのこともないさ、たかが千両、どれ銭湯へでも行って、のんびりして来ようか、と言い澄まして、銭湯の、湯槽にひたって、ふと気がつくと、足袋をはいていた。まさしく、私もその類であった。・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・彼は私にひとしきり、狂喜し感激して見せた揚句、眉間に皺を寄せて、どうしたらいいだろう? という相談を小声で持ちかけたではないか。私は最早、そのようなひまな遊戯には同情が持てなかったので、君も悧巧になったね、君がテツさんに昔程の愛を感じられな・・・ 太宰治 「列車」
・・・王子は、狂喜しました。「私を思い出しておくれ!」 ラプンツェルの頬は一瞬さっと蒼白くなり、それからほのぼの赤くなりました。けれども、幼い頃の強い気象がまだ少し残っていたので、「ラプンツェル? その子は、四年前に死んじゃった!」と出来・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・「遼陽陥落の日に……日本の世界的発展のもっとも光栄ある日に、万人の狂喜している日に、そうしてさびしく死んで行く青年もあるのだ。事業もせずに、戦場へ兵士となってさえ行かれずに」こう思うと、その青年、田舎に埋もれた青年の志ということについて、脈・・・ 田山花袋 「『田舎教師』について」
・・・ バードが極飛行から無事に屯営に帰って来たのを皆が狂喜して迎え、機上から人々の肩の上にかつぎ上げて連れてくる。その時バードの愛犬が主人に飛びつこう飛びつこうとするのだが人々にさえぎられて近寄れず不平でむやみに駆け回っているがだれも問題に・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・子猫をくわえたままに突っ立ち上がって窓のすきまから出ようとして狂気のようにもがいているさまはほんとうに物すごいようであった。その時の三毛の姿勢と恐ろしい目つきとは今でも忘れる事のできないように私の頭に焼きつけられた。 急いで戸をあけてや・・・ 寺田寅彦 「子猫」
・・・重力の講義をする物理学の先生が、重力は時々人殺しをする不都合なものであると言って生徒を訓戒したらそれは滑稽を通り越してしまった狂気の沙汰であろう。しかし、おとぎ話に下手な評注を加えるのはほとんどこれに類した滑稽に堕しうる可能性がある。 ・・・ 寺田寅彦 「さるかに合戦と桃太郎」
・・・このように、遂げられなかった欲望がやっと遂げられたときの狂喜と、底なしの絶望の闇に一道の希望の微光がさしはじめた瞬間の慟哭とは一見無関係のようではあるが、実は一つの階段の上層と下層とに配列されるべきものではないかと思われる。 この流涕の・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・を宣言させ、そうして狂喜した被告が被告席から海老のようにはね出して、突然の法廷侵入者田代公吉と海老のようにダンスを踊らせさえすれば、それでこの「与太者ユーモレスク、四幕、十一景」の目的の全部が完全に遂げられる訳である。 とにかくなかなか・・・ 寺田寅彦 「初冬の日記から」
出典:青空文庫