・・・ 青侍は、年相応な上調子なもの言いをして、下唇を舐めながら、きょろきょろ、仕事場の中を見廻した。――竹藪を後にして建てた、藁葺きのあばら家だから、中は鼻がつかえるほど狭い。が、簾の外の往来が、目まぐるしく動くのに引換えて、ここでは、甕で・・・ 芥川竜之介 「運」
・・・宣教師はいつか本を膝に、きょろきょろ窓の外を眺めている。すると乗客の降り終るが早いか、十一二の少女が一人、まっ先に自働車へはいって来た。褪紅色の洋服に空色の帽子を阿弥陀にかぶった、妙に生意気らしい少女である。少女は自働車のまん中にある真鍮の・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・新蔵は飲もうとしたコップを下へ置いて、きょろきょろ前後を見廻しました。が、電燈も依然として明るければ、軒先の釣荵も相不変風に廻っていて、この涼しい裏座敷には、さらに妖臭を帯びた物も見当りません。「どうした。虫でもはいったんじゃないか。」――・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・「さてその内に豪雨もやんで、青空が雲間に見え出しますと、恵印は鼻の大きいのも忘れたような顔色で、きょろきょろあたりを見廻しました。一体今見た竜の姿は眼のせいではなかったろうか――そう思うと、自分が高札を打った当人だけに、どうも竜の天上す・・・ 芥川竜之介 「竜」
・・・燕は目をきょろきょろさせながら羽根を幾度か組み合わせ直して頸をちぢこめてみましたが、なかなかこらえきれない寒さで寝つかれません。まんじりともしないで東の空がぼうっとうすむらさきになったころ見ますと屋根の上には一面に白いきらきらしたものがしい・・・ 有島武郎 「燕と王子」
・・・そしてもう一度なんとかして自分の失敗を彌縫する試みでもしようと思ったのか、小走りに車の手前まで駈けて来て、そこに黙ったまま立ち停った。そしてきょろきょろとほかの子供たちを見やってから、当惑し切ったように瓶の積み重なりを顧みた。取って返しはし・・・ 有島武郎 「卑怯者」
・・・これが看板で、小屋の正面に、鼠の嫁入に担ぎそうな小さな駕籠の中に、くたりとなって、ふんふんと鼻息を荒くするごとに、その出額に蚯蚓のような横筋を畝らせながら、きょろきょろと、込合う群集を視めて控える……口上言がその出番に、「太夫いの、太夫・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・他の小児はきょろきょろ見ている。小児三 何だか知らないけれどね、今、向うから来る兄さんに、糸目をつけて手繰っていたんだぜ。画工 何だ、糸を着けて……手繰ったか。いや、怒りやしない。何の真似だい。小児一 兄さんがね、そ・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・チチッ、チチッと少時捜して、パッと枇杷の樹へ飛んで帰ると、そのあとで、密と頭を半分出してきょろきょろと見ながら、嬉しそうに、羽を揺って後から颯と飛んで行く。……惟うに、人の子のするかくれんぼである。 さて、こうたわいもない事を言っている・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・ 小宮山は三蔵法師を攫われた悟空という格で、きょろきょろと四辺をみまわしておりましたが、頂は遠く、四辺は曠野、たとえ蝙蝠の翼に乗っても、虚空へ飛び上る法ではあるまい、瞬一つしきらぬ中、お雪の姿を隠したは、この家の内に相違ないぞ、這奴! ・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
出典:青空文庫