・・・本当に私は、幼少の頃から礼儀にばかりこだわって、心はそんなに真面目でもないのだけれど、なんだかぎくしゃくして、無邪気にはしゃいで甘える事も出来ず、損ばかりしている。慾が深すぎるせいかも知れない。なおよく、反省をして見ましょう。 紀元二千・・・ 太宰治 「十二月八日」
・・・自分を見詰めたり、不潔にぎくしゃくすることも無く、ただ、甘えて居ればよかったのだ。なんという大きい特権を私は享受していたことだろう。しかも平気で。心配もなく、寂しさもなく、苦しみもなかった。お父さんは、立派なよいお父さんだった。お姉さんは、・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・えてもらいたい様子なのですが、私だって、二十八のおばあちゃんですし、それに、こんなおたふくなので、その上、あの人の自信のない卑下していらっしゃる様子を見ては、こちらにも、それが伝染しちゃって、よけいにぎくしゃくして来て、どうしても無邪気に可・・・ 太宰治 「皮膚と心」
・・・みんなにせものばかりで、知ったかぶってごまかして、わずかの学問だか主義だかみたいなものにこだわってぎくしゃくして、人を救うもないもんだ。人を救うなんて、まあ、そんなだいそれた、図々しいにもほどがあるわ。日本の人が皆こんなあやつり人形みたいな・・・ 太宰治 「冬の花火」
・・・いわゆる力作は、何だかぎくしゃくして、あとで作者自身が読みかえしてみると、いやな気がしたり等するものであるが、気楽な小曲には、そんな事が無いのである。れいに依って、その創作集も、あまり売れなかったようであるが、私は別段その事を残念にも思って・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・なぜああいうふうにぎくしゃくした運動をしなければならないものかと思って見ているうちに、ふいと先刻見た熱帯魚を思い出した。スクリーンの長方形の格好もほぼあのガラス張り水槽と同じである。画面の灰色の雰囲気が水のようにも思われる。その中を妙な格好・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・ 処で、出来上った結果はどうか、自分の訳文を取って見ると、いや実に読みづらい、佶倔きっくつごうがだ、ぎくしゃくして如何にとも出来栄えが悪い。従って世間の評判も悪い、偶々賞美して呉れた者もあったけれど、おしなべて非難の声が多かった。併し、・・・ 二葉亭四迷 「余が翻訳の標準」
・・・これまでの改造社版ができた頃の日本の解放運動のなかで、一つの癖のように使われたぎくしゃくした明晰を欠いた文章がひっかかりとなって、たださえむずかしい部分が、まるでむずかしかった。ほんとに頭が痛くなった。マルクス=エンゲルスの論理的な文章と日・・・ 宮本百合子 「生きている古典」
・・・みんな小さく、いやにくっきり、ぎくしゃくかしこまっているなかに広津和郎が立って話しはじめると、急にそれは並の人間の体と声とに感じられる。この変化も宇野浩二の描写力のはからざる効果である。 若い評論家の藤川徹至はこの「文学者御前会議」を『・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
出典:青空文庫