・・・そうすると杉の枝が天を蔽うて居るので、月の光は点のように外に漏れぬから、暗い道ではあるが、忽ち杉の木の隙間があって畳一枚ほど明るく照って居る。こんな考から「ところどころ月漏る杉の小道かな」とやったが、余り平凡なのに自ら驚いて、三たび森沿い小・・・ 正岡子規 「句合の月」
・・・ そしてただひとり暗いこけももの敷物を踏んでツェラ高原をあるいて行きました。 こけももには赤い実もついていたのです。 白いそらが高原の上いっぱいに張って高陵産の磁器よりもっと冷たく白いのでした。 稀薄な空気がみんみん鳴ってい・・・ 宮沢賢治 「インドラの網」
・・・ 一寸思えばうす暗い中にうごめいてござるプルートーかさもなくば――ものがもの故あとが一寸はつづかぬワ、マいずれその近くに違いあるまい。第二の精霊 コレ、若い人、何をそのよにだまってござる。年はとっても私等はこの通りじゃ。とりのぼせぬまで・・・ 宮本百合子 「葦笛(一幕)」
・・・ 雪はこの返事をしながら、戸を開けて自分が這入った時、大きい葉巻の火が、暗い部屋の、しんとしている中で、ぼうっと明るくなっては、又微かになっていた事を思い出して、折々あることではあるが、今朝もはっと思って、「おや」と口に出そうであったの・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・拘留場で横着を出すと、真っ暗い穴に入れられる。そんな時はツァウォツキイも「ああ、おれはなんと云う不しあわせものだろう」とこぼしている。 ある時ツァウォツキイの家で、また銭が一文もなくなった。ツァウォツキイはそれを恥ずかしく思った。そして・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・ 暗い外で客と話している俥夫の大きな声がした。間もなく、門口の八つ手の葉が俥の幌で揺り動かされた。俥夫の持った舵棒が玄関の石の上へ降ろされた。すると、幌の中からは婦人が小さい女の子を連れて降りて来た。「いらっしゃいませ。今晩はま・・・ 横光利一 「赤い着物」
・・・明るい所から暗い所に這入ったので、目の慣れるまではなんにも見えなかった。次第に向側にある、停車場の出口の方へ行く扉が見えて来る。それから、背中にでこぼこのある獣のようなものが見えて来る。それは旅人が荷物を一ぱい載せて置いた卓である。最後にフ・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
・・・私は暗い沈んだ顔をして黙り込んでいます。そうしてこの表情のために愛するものたちを不幸にします。こういう時に私は彼らをいたわってやることも、彼らを喜ばせる事も、彼らとともに喜ぶこともできないのです。私の心は石のように固まって、ただ温められ融か・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫