・・・あっと云う間もなく風を切って、独楽のようにくるくるまわりながら、見る見る中に暗の底へ、まっさかさまに落ちてしまいました。 後にはただ極楽の蜘蛛の糸が、きらきらと細く光りながら、月も星もない空の中途に、短く垂れているばかりでございます。・・・ 芥川竜之介 「蜘蛛の糸」
・・・ たとえば冬の夜更などに、銀座通りを御歩きになって見ると、必ずアスファルトの上に落ちている紙屑が、数にしておよそ二十ばかり、一つ所に集まって、くるくる風に渦を巻いているのが、御眼に止まる事でしょう。それだけなら、何も申し上げるほどの事は・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・ 若い男は私の指す方を見定めていましたが、やがて手早く担っていたものを砂の上に卸し、帯をくるくると解いて、衣物を一緒にその上におくと、ざぶりと波を切って海の中にはいって行ってくれました。 私はぶるぶる震えて泣きながら、両手の指をそろ・・・ 有島武郎 「溺れかけた兄妹」
・・・見ると帽子は投げられた円盤のように二、三間先きをくるくるとまわって行きます。風も吹いていないのに不思議なことでした。僕は何しろ一生懸命に駈け出して帽子に追いつきました。まあよかったと安心しながら、それを拾おうとすると、帽子は上手に僕の手から・・・ 有島武郎 「僕の帽子のお話」
・・・クサカはそれをやる気になって、飛びあがって、翻筋斗をして、後脚でくるくる廻って見せた。それも中々手際よくは出来ない。 レリヤはそれを見て吹き出して、「お母あさんも皆も御覧よ。クサカが芸をするよ。クサカもう一反やって御覧。それでいい、それ・・・ 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
・・・橋と正面に向き合う処に、くるくると渦を巻いて、坊主め、色も濃く赫と赤らんで見えるまで、躍り上がる勢いで、むくむく浮き上がった。 ああ、人間に恐れをなして、其処から、川筋を乗って海へ落ち行くよ、と思う、と違う。 しばらく同じ処に影を練・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・あくどい李の紅いのさえ、淡くくるくると浅葱に舞う。水に迸る勢に、水槽を装上って、そこから百条の簾を乱して、溝を走って、路傍の草を、さらさらと鳴して行く。 音が通い、雫を帯びて、人待石――巨石の割目に茂った、露草の花、蓼の紅も、ここに腰掛・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・五、六匹死んだ金魚は外に取り捨てられ、残った金魚はなまこの水鉢の中にくるくる輪をかいてまわっていた。水は青黒く濁ってる。自分はさっそく新しい水をバケツに二はいくみ入れてやった。奈々子は水鉢の縁に小さな手を掛け、「きんご、おっちゃんきんご・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・ くるくるとした、黒い、鋭い目をしたたかは、これをきいていましたが、「人間というやつほど、わがままなものはない。おまえさんが、そう怒んなさるのも無理はない。私たちだって、これまでずいぶんこらえてきたものだ。」と、たかは、おうようにい・・・ 小川未明 「あらしの前の木と鳥の会話」
・・・だれが、それをいったのだろうと、くるくると頭をあたりにまわしてみましたけれど、あたりには、だれも歩いているものはなかったのです。また、だれも自分の胸の中で思っていることを知り得るはずはなかったのでありました。 不思議なことがあるものだと・・・ 小川未明 「幾年もたった後」
出典:青空文庫