・・・両方でかみ合ったままで、ぐるりぐるりと腹を返して体軸のまわりに回転する。鰐が虎をねじっているのか、虎が鰐をねじっているのか見たところではどっちだかわからない。しかし、あのぐるりぐるりと腹を返して引っくり返る無気味さは、やはり、虎よりも鰐の属・・・ 寺田寅彦 「映画「マルガ」に現われた動物の闘争」
・・・かく数個の境界条件ならびに当初条件を表示する数式を与えると、そこで始めて一つの具体的な問題が設立され、設立されると同時に少なくも理論上には解式は決定されるのであって、学者はただ数学という器械の取っ手をぐるりと回すだけのことである。これは理想・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・ガウンの袖口には黄色い平打の紐が、ぐるりと縫い廻してあった。これは装飾のためとも見られるし、または袖口を括る用意とも受取れた。ただし先生には全く両様の意義を失った紐に過ぎなかった。先生が教場で興に乗じて自分の面白いと思う問題を講じ出すと、殆・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
・・・そこでぐるりと壁の方から寝返りをして窓の方を見てやった。窓の両側から申訳のために金巾だか麻だか得体の分らない窓掛が左右に開かれている。その後に「シャッター」が下りていて、その一枚一枚のすき間から御天道様が御光来である。ハハーいよいよ春めいて・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・この年の秋の頃に鶸の雌が一羽来て頻りに籠のぐるりを飛んで居たのがあったので、それをつかまえて大鳥籠に入れてやった。その後キンカ鳥の雄が死んだので、あとから入れたキンパラの雄でもあろうか、それがキンカ鳥の雌即ち昨今後家になった奴をからかって、・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
病の牀に仰向に寐てつまらなさに天井を睨んで居ると天井板の木目が人の顔に見える。それは一つある節穴が人の眼のように見えてそのぐるりの木目が不思議に顔の輪廓を形づくって居る。その顔が始終目について気になっていけないので、今度は右向きに横に・・・ 正岡子規 「ランプの影」
・・・関東の農村のように、防風林をひかえて、ぐるりに畑や田をもった農家が散財しているという風でない。一かたまりずつ、稲田の間に木立をひかえた農家がつまっている。その家はどれも大きくない。盆地で暑いせいだろう、前庭に丸太で組んだヤグラのようなすずみ・・・ 宮本百合子 「青田は果なし」
・・・若い婦人としてよりよい社会を希望するこころもちとぐるりの生活とのいきさつとを描いた作品である。それ以来樋口一葉をはじめ、明治大正を通じて今日までには幾人か、相当の文学的業績をもつ婦人作家がある。が、日本の民主的な文学の流れは、昭和のはじめ世・・・ 宮本百合子 「明日咲く花」
・・・ 秋三は店の間をぐるりと見廻した。が、勘次に逢うのが不快であった。彼はそのまま、帰ろうと思って敷居の外へ出かけると、「秋公帰ぬのか?」と安次が訊いた。「もう好えやろが。」「云うてくれ、云うてくれ。」「云うてくれって、お前・・・ 横光利一 「南北」
・・・下宿屋全部の部屋が憲兵ばかりで、ぐるりと僕一人の部屋を取り包んでいるものですから、勝手なことの出来るのは、俳句だけです。もう堪らない。今日も憲兵がついて来たのですが、句会があるからと云って、品川で撒いちゃいました。」 帰ってから憲兵への・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫