・・・ジネストは情なしの利己主義者でございます。けちな圧制家でございます。わたくしは万事につけて、一足一足と譲歩して参りました。わたくしには自己の意志と云うものがございません。わたくしは持前の快活な性質を包み隠しています。夫がその性質を挑発的だと・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・こんな主人に巻き添いなんぞ食いたくないから、みんなタオルやはんけちや、よごれたような白いようなものを、ぐるぐる腕に巻きつける。降参をするしるしなのだ。 オツベルはいよいよやっきとなって、そこらあたりをかけまわる。オツベルの犬も気が立って・・・ 宮沢賢治 「オツベルと象」
・・・と言ながら、ひばりはさっきの赤い光るものをホモイの前に出して、薄いうすいけむりのようなはんけちを解きました。それはとちの実ぐらいあるまんまるの玉で、中では赤い火がちらちら燃えているのです。 ひばりの母親がまた申しました。 「これは貝・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・その人は白いだぶだぶの麻服を着て黒いてかてかしたはんけちをネクタイの代わりに首に巻いて、手には白い扇をもって軽くじぶんの顔を扇ぎながら少し笑ってみんなを見おろしていたのです。さあみんなはだんだんしいんとなって、まるで堅くなってしまいました。・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・そんな、けちな街の映画館でさえ、人々が少し溜ると、誰からとなく広間の中に列をつくってぐるりと歩きはじめるのがしきたりであった。連れのあるひとは連れと並んで、若い男は女のひとの腕などをとって、何か自分たちの間で喋りながら、ゆっくりした足どりで・・・ 宮本百合子 「映画」
・・・ロココまがいのけちくさいもの。その中から紙片を出して本に貼る。 ガラスの角ばったペン皿のとなりに置いて。ペン皿には御存知の赤い丸い球のクリーム入れがあって、太郎が二階へ来ると、私はいそいでそれをかくすの。握ったら可愛がってはなさないので・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・そして、これは優等生の一人をつくる第一歩であり、優良社員をつくる一つの道であり、けちな面白みのない人間が一人ふやされゆく道どりでもある。 童心のきよらかさとはどういうものだろう。子供はわるいことをする。ひどいこと、すごいこと、そのど・・・ 宮本百合子 「子供の世界」
・・・やはりけちな役人の方が好いかも知れないと思って見る。そしてそう思うのが、別に絶望のような苦しい感じを伴うわけでもないのである。 ある時は空想がいよいよ放縦になって、戦争なんぞの夢も見る。喇叭は進撃の譜を奏する。高くげた旗を望んで駈歩をす・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・女房はもとけちな女中奉公をしていたもので十七になるまでは貧乏な人達を主人にして勤めたのだ。 ある日曜日に暇を貰って出て歩くついでに、女房は始めてツァウォツキイと知合いになった。その時ツァウォツキイは二色のずぼんを穿いていた。一本の脚は黄・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・たとえば、けちだと言われまいと思って知行を多く与える類である。強い大将ならば、必要あって物を蓄える時には、貪欲と言われようと、意地ぎたないと言われようと、頓着しない。知行は人物や忠功を見て与えるのであって、外聞とかかわりはない。 外聞に・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫