・・・まるっきりの、根っからの戯作者だ。蒼黒くでらでらした大きい油顔で、鼻が、――君レニエの小説で僕はあんな鼻を読んだことがあるぞ。危険きわまる鼻。危機一髪、団子鼻に墮そうとするのを鼻のわきの深い皺がそれを助けた。まったくねえ。レニエはうまいこと・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・あなたともあろうものが、あんな馬鹿話をなさるのはおよしなさい、お客様に軽蔑されるばかりです、もっと真面目なお話が出来ないのですか、まるで三流の戯作者みたいです、と家内から忠告を受けた事もあるのですが、くるしい時に、素直にくるしい表情の浮ぶ人・・・ 太宰治 「小さいアルバム」
・・・ 第一にかれを本国へ返さるる事は上策也(此事難きに似て易き歟 第二にかれを囚となしてたすけ置るる事は中策也(此事易きに似て尤 第三にかれを誅せらるる事は下策也 将軍は中策を採って、シロオテをそののち永く切支丹屋敷の獄舎に・・・ 太宰治 「地球図」
・・・レーノルズの全集をひやかしてこの異彩ある学者を礼讃してみたり、マクスウェルの伝記中にあるこの物理学者の戯作ヴァンパヤーの詩や、それを飾る愉快に稚拙なペン画を嬉しがったりした。そんな下らないことが、今から考えてみると、みんな後年の自分の生涯に・・・ 寺田寅彦 「科学に志す人へ」
・・・ レーリーの血筋に科学的な遺伝があるとすればそれはこの外戚のヴィカース家から来ているらしい。すなわち外戚祖父とその兄弟は工兵士官であり、また外戚祖母の先祖にも優れた砲工兵の将官が居た。また祖母 Lady FItzgerald は有名なボ・・・ 寺田寅彦 「レーリー卿(Lord Rayleigh)」
・・・わたくしはふと江戸の戯作者また浮世絵師等が幕末国難の時代にあっても泰平の時と変りなく悠々然として淫猥な人情本や春画をつくっていた事を甚痛快に感じて、ここに専花柳小説に筆をつける事を思立った。『新橋夜話』または『戯作者の死』の如きものはその頃・・・ 永井荷風 「正宗谷崎両氏の批評に答う」
・・・其れも小説物語の戯作ならば或は妨なからんなれども、家庭の教育書、学校の読本としては必ず異論ある可し。然らば即ち今日の女大学は小説に非ず、戯作に非ず、女子教育の宝書として、都鄙の或る部分には今尚お崇拝せらるゝものにてありながら、宝書中に記す所・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・例えば学校の女生徒が少しく字を知り又洋書など解し得ると同時に、所謂詠歌国文に力を籠め、又は小説戯作など読んで余念なきものあり。文を学ぶには国文小説も甚だ有益なれども、年少き時には外に勉む可きもの尚お多し。詠歌には巧なれども自身独立の一義に就・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・「鼻」という歴史的な題材による作品であった。「羅生門」「地獄変」「戯作三昧」その他、芥川龍之介の作品には歴史的な人物を主人公としたり、古い物語のなかに描かれている人物をかりた作品が多い。 大体、大正初頭、鴎外が歴史小説に手を染めはじめた・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・明治の初期、戯作者気質ののこっていた通人気どりの文士たちならば、ざっくばらんに「食おうかい」とでも呼んだであろうし、明治末葉から大正にかけての作家連であったらば、十円をつかって遊びながらも文化人、芸術家としてこの人生の発展のために彼等の負う・・・ 宮本百合子 「「大人の文学」論の現実性」
出典:青空文庫