・・・いや、信じているようにさえ公言したこともあったのです。しかしとうとう晩年には悲壮なつきだったことに堪えられないようになりました。この聖徒も時々書斎の梁に恐怖を感じたのは有名です。けれども聖徒の数にはいっているくらいですから、もちろん自殺した・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・あの男はとにかく巧言は云わぬ、頼もしいやつだと思っている。 こう云う治修は今度のことも、自身こう云う三右衛門に仔細を尋ねて見るよりほかに近途はないと信じていた。 仰せを蒙った三右衛門は恐る恐る御前へ伺候した。しかし悪びれた気色などは・・・ 芥川竜之介 「三右衛門の罪」
・・・それをめぐって黄ばんだ葭がかなしそうに戦いて、その間からさびしい高原のけしきがながめられる。 ほおけた尾花のつづいた大野には、北国めいた、黄葉した落葉松が所々に腕だるそうにそびえて、その間をさまよう放牧の馬の群れはそぞろに我々の祖先の水・・・ 芥川竜之介 「日光小品」
・・・のみならず僕の作品の不道徳であることを公言していた。僕はいつも冷やかにこう云う彼を見おろしたまま、一度も打ちとけて話したことはなかった。しかし姉と話しているうちにだんだん彼も僕のように地獄に堕ちていたことを悟り出した。彼は現に寝台車の中に幽・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・フランツ・フォン・バアデルが Dr. Werner に与えました手紙によりますと、エッカルツハウズンは、死ぬ少し前に、自分は他の人間の二重人格を現す能力を持っていると、公言したそうでございます。して見ますれば、第二の疑問は、第一の疑問と同じ・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・「お巧言ばっかり。」 と、少し身を寄せたが、さしうつむく。「串戯じゃありません。……の時のごときは、頭から霜を浴びて潟の底へ引込まれるかと思ったのさ。」 大袈裟に聞えたが。……「何とも申訳がありません。――時ならない時分・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
場所。 信州松本、村越の家人物。 村越欣弥 滝の白糸 撫子 高原七左衛門 おその、おりく撫子。円髷、前垂がけ、床の間の花籠に、黄の小菊と白菊の大・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・愚作であると公言しても坪内君は決して腹を立てまい。私が今いうと生意気らしいが、私は児供の時からヘタヤタラに小説を読んでいた。西洋の小説もその頃リットンの『ユーゼニ・アラム』を判分教師に教わり教わりながらであるが読んでいた。であるから貸本屋の・・・ 内田魯庵 「明治の文学の開拓者」
・・・しかし、若し、世界が現状のまゝの行程を辿るかぎり、いかに巧言令辞の軍縮会議が幾たび催されたればとて、急転直下の運命から免れべくもない。こう思って、何も知らずに、無心に遊びつゝある子供等の顔を見る時、覚えず慄然たらざるを得ないのであります。・・・ 小川未明 「男の子を見るたびに「戦争」について考えます」
秋風が吹きはじめると、高原の別荘にきていた都の人たちは、あわただしく逃げるように街へ帰ってゆきました。そのあたりには、もはや人影が見えなかったのであります。 ひとり、村をはなれて、山の小舎で寝起きをして、木をきり、炭をたいていた治・・・ 小川未明 「手風琴」
出典:青空文庫