・・・仙台堀と大横川との二流が交叉するあたりには、更にこれらの運河から水を引入れた貯材池がそこ此処にひろがっていて、セメントづくりの新しい橋は大小幾筋となく錯雑している。このあたりまで来ると、運河の水もいくらか澄んでいて、荷船の往来もはげしからず・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・覗いたように折れた其端が笠の内を深くしてそれが耳の下で交叉して顎で結んだ黒い毛繻子のくけ紐と相俟って彼等の顔を長く見せる。有繋に彼等は見えもせぬのに化粧を苦にして居る。毛繻子のくけ紐は白粉の上にくっきりと強い太い線を描いて居る。削った長い木・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・ これは複雑の事を簡略の例で御話をするのでありますから、そのつもりでお聴きを願いますが、ここに一つの平面があって、それに他の平面が交叉しているとすると、この二つの平面の関係は何で示すかというと、申すまでもなくその両面の喰違った角度である・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・枝がななめに交叉します。一中隊はありますよ。義勇中隊です。」「やっぱりあんなでいいんですか。」「構いませんよ。それよりまああの梨の木どもをご覧なさい。枝が剪られたばかりなので身体が一向釣り合いません。まるで蛹の踊りです。」「蛹踊・・・ 宮沢賢治 「チュウリップの幻術」
・・・雑誌のモードは、山に海にと、闊達自由な服装の色どりをしめし、野外の風にふかれる肌の手入れを指導しているけれども、サンマー・タイムの四時から五時、ジープのかけすぎる交叉点を、信号につれて雑色の河のように家路に向って流れる無数の老若男女勤め人た・・・ 宮本百合子 「偽りのない文化を」
・・・ ――入り給え! 入り給え!とやっている。電車は男を外へはみ出させたまんま動き出した。赤髭の男は、断然自分の肩と意志の力で段の上へわり込んだ。 交叉点では、黒の裾長外套を着た巡査が、赤い棒を鼻の先に上げたり下げたりして交通整理を・・・ 宮本百合子 「「鎌と鎚」工場の文学研究会」
・・・参議院の考査委員会は、永井隆氏を表彰しようという案を発表したが、六月十二日、七月三日の週刊朝日は、カソリック教徒であるこのひとの四つの著書が、それぞれにちがった筆者であるというようにいっている。 記録文学のあるものは、クラブチェンコの「・・・ 宮本百合子 「ことの真実」
・・・ ゲルツェン通りが並木通りと交叉するニキートスキー門のところにはチミリャーゼフの記念像がたっている。像の台石のまわりには、赤、紫、白、夏の草花が植えこまれている。一九一七年の「十月」ここで激しい市街戦があった。今年は、フント一ルーブルの・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・三四人、赤い布をかぶった女も下りたが、忽ち散ってしまって、日本女は自分の前に雨びしょびしょの暗い交叉点、妙な空地、その端っこに線路工夫の小舎らしい一つの黄色い貨車を見た。その屋根でラジオのアンテナが濡れながら光っている。空地の濡れた細い樹の・・・ 宮本百合子 「三月八日は女の日だ」
・・・ 入学試験の新考査法についてこの春様々の論調があったとき、衆口おのずから一致したのは、小学教員のおかれている経済的誘惑の点であった。 謹直な教師たちに屈辱感を与えたにちがいないその問題は、しかし、愈物的条件の切迫した来春どんな形で再・・・ 宮本百合子 「女性週評」
出典:青空文庫