・・・無線電信も、鉄道も、汽船も、映画や、演劇までも、帝国主義ブルジョアジーは、それを××のために、或は好戦思想を鼓吹するために使っているのである。あらゆるものがすべて軍事上の力を増大するために集中されている。が、それは、ブルジョアジーにとって、・・・ 黒島伝治 「反戦文学論」
・・・山にはよく自分の身体の影が光線の投げられる状態によって、向う側へ現われることがありまする。四人の中にはそういう幻影かと思った者もあったでしょう、そこで自分たちが手を動かしたり身体を動かして見たところが、それには何らの関係がなかったと申します・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・骨董商はちょっと取片付けて澄ましているものだが、それだって何も慈善事業で店を開いている訳ではない、その道に年期を入れて資本を入れて、それで妻子を過しているのだから、三十円のものは口銭や経費に二十円遣って五十円で買うつもりでいれば何の間違はな・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・此の夜縄をやるのは矢張り東京のものもやるが、世帯船というやつで、生活の道具を一切備えている、底の扁たい、後先もない様な、見苦しい小船に乗って居る余所の国のものがやるのが多い。川続きであるから多く利根の方から隅田川へ入り込んで来る、意外に遠い・・・ 幸田露伴 「夜の隅田川」
・・・わずかばかりの庭を前にした南向きの障子からは、家じゅうでいちばん静かな光線がさして来ている。東は窓だ。二枚のガラス戸越しに、隣の大屋さんの高い塀と樫の樹とがこちらを見おろすように立っている。その窓の下には、地下室にでもいるような静かさがある・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・ 中棚とはそこから数町ほど離れた谷間で、新たに小さな鉱泉の見つかったところだ。 浅間の麓に添うた傾斜の地勢は、あだかも人工で掘割られたように、小諸城址の附近で幾つかの深い谷を成している。谷の一つの浅い部分は耕されて旧士族地を取囲いて・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・影のごとき漁船が後先になって続々帰る。近い干潟の仄白い砂の上に、黒豆を零したようなのは、烏の群が下りているのであろうか。女の人の教える方を見れば、青松葉をしたたか背負った頬冠りの男が、とことこと畦道を通る。間もなくこちらを背にして、道につい・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・ とろとろと、眠りかけて、ふと眼をあけると、雨戸のすきまから、朝の光線がさし込んでいるのに気附いて、起きて身支度をして坊やを脊負い、外に出ました。もうとても黙って家の中におられない気持でした。 どこへ行こうというあてもなく、駅のほう・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・日本は、決して好戦の国ではありません。みんな、平和を待望して居ります。 私は、満洲の春を、いちど見たいと思っています。けれども、たぶん、私は満洲に行かないでしょう。満洲は、いま、とてもいそがしいのだから、風景などを見に、のこのこ出かけた・・・ 太宰治 「三月三十日」
・・・われわれ軍人は、あく迄も抗戦をつづけ、最後には皆ひとり残らず自決して、以て大君におわびを申し上げる。自分はもとよりそのつもりでいるのだから、皆もその覚悟をして居れ。いいか。よし。解散」 そう言って、その若い中尉は壇から降りて眼鏡をはずし・・・ 太宰治 「トカトントン」
出典:青空文庫