・・・彼の価値を問う為には、まず此処に心を留むべきである。 何か著しい特色? ――世間は必ずわたしと共に、幾多の特色を数え得るであろう。彼の構想力、彼の性格解剖、彼のペエソス、――それは勿論彼の作品に、光彩を与えているのに相違ない。しかしわた・・・ 芥川竜之介 「「菊池寛全集」の序」
・・・ バルザックか、誰かが小説の構想をする事を「魔法の巻煙草を吸う」と形容した事がある。僕はそれから魔法の巻煙草とほんものの巻煙草とを、ちゃんぽんに吸った。そうしたらじきに午になった。 午飯を食ったら、更に気が重くなった。こう云う時に誰・・・ 芥川竜之介 「田端日記」
・・・彼らは第四階級以外の階級者が発明した文字と、構想と、表現法とをもって、漫然と労働者の生活なるものを描く。彼らは第四階級以外の階級者が発明した論理と、思想と、検察法とをもって、文芸的作品に臨み、労働文芸としからざるものとを選り分ける。私はそう・・・ 有島武郎 「宣言一つ」
・・・――有験の高僧貴僧百人、神泉苑の池にて、仁王経を講じ奉らば、八大竜王も慈現納受たれ給うべし、と申しければ、百人の高僧貴僧を請じ、仁王経を講ぜられしかども、その験もなかりけり。また或人申しけるは、容顔美麗なる白拍子を、百人めして、――・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・ 一昨日松本で城を見て、天守に上って、その五層めの朝霜の高層に立って、ぞっとしたような、雲に連なる、山々のひしと再び窓に来て、身に迫るのを覚えもした。バスケットに、等閑に絡めたままの、城あとの崩れ堀の苔むす石垣を這って枯れ残った小さな蔦・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・気がついて見たら『しっかりせい、しつかりせい』と、独りの兵が僕をかかえて後送してくれとった。水が飲みたいんで水瓶の水を取ろうとして、出血の甚しかったんを知り、『とても生きて帰ることが出来んなら、いッそ戦線に於て死にます』云うたら、『じゃア、・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・に近づくにしたがって強弩の末魯縞を穿つあたわざる憾みが些かないではないが、二十八年間の長きにわたって喜寿に近づき、殊に最後の数年間は眼疾を憂い、終に全く失明して口授代筆せしめて完了した苦辛惨憺を思えば構想文字に多少の倦怠のあるは止むを得なか・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・が、芸術となると二葉亭はこの国士的性格を離れ燕趙悲歌的傾向を忘れて、天下国家的構想には少しも興味を持たないでやはり市井情事のデリケートな心理の葛藤を題目としている。何十年来シベリヤの空を睨んで悶々鬱勃した磊塊を小説に托して洩らそうとはしない・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・夏期の降霜はまったく止みました。今や小麦なり、砂糖大根なり、北欧産の穀類または野菜にして、成熟せざるものなきにいたりました。ユトランドは大樅の林の繁茂のゆえをもって良き田園と化しました。木材を与えられし上に善き気候を与えられました、植ゆべき・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・、花が咲いたときいても、見物に出かけることもなく、いつも歩く巷の通りを漫然と散歩して、末にこんな処へ立寄り、偶々、罎にさした桜の花が、傍の壁の鏡に色の褪せた姿をうつすのをながめて、書きかけている作品の構想に耽るようなこともありました。思えば・・・ 小川未明 「春風遍し」
出典:青空文庫