・・・第四に人々相集まりて一国一社会を成し、互いに公利を謀り共益を起こし、力の及ぶだけを尽してその社会の安全幸福を求むること。この四ヶ条の仕事をよくして十分に快楽を覚ゆるは論を俟たずといえども、今また別に求むべきの快楽あり。その快楽とは何ぞや。月・・・ 福沢諭吉 「家庭習慣の教えを論ず」
・・・それに驚いて、鱶を一目見るや否や梯子を下りて来て、自分の行李から用意の薬を取り出し、それを袋のままで着て居る外套のカクシへ押し込んで、そうして自分の座に帰って静かに寝て居た。自分の座というのは自分が足を伸ばして寝るだけの広さで、同業の新聞記・・・ 正岡子規 「病」
・・・ そのうちに支那人は、手ばやく荷物へかけた黄いろの真田紐をといてふろしきをひらき、行李の蓋をとって反物のいちばん上にたくさんならんだ紙箱の間から、小さな赤い薬瓶のようなものをつかみだしました。(おやおや、あの手の指はずいぶん細いぞ。・・・ 宮沢賢治 「山男の四月」
・・・そういう功利的通念は、今や、オイ、御新邸を背負って華族の娘さんが嫁に来るぜ、という例外の一例とはなるかもしれないが、この結合を、社会的な評価で新しい内容をもつものであるといい得ないことは自明である。 われわれ個人の恋愛や結婚の幸福を、か・・・ 宮本百合子 「新しい一夫一婦」
・・・矛盾の多い社会の現象の間では、軽蔑に価する態度が、功利的な価値を現してゆくことも幾多ある。そんなこといったって、あの人はあれで名声も金もえているという場合もあるが、現代の若い女のひとは、人生の評価をそこで終りにしてしまわないだけには人間とし・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・三斎公の言葉として、作者鴎外は、「総て功利の念を以て物を視候わば、此の世に尊き物はなくなるべし」と云っている。乃木夫妻の死という行為に対して、初めは半信半疑であった作者が、世論の様々を耳にして、一つの情熱を身内に感じるようになって彌五右衛門・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・目の先三寸の功利的な見とおしと行動の自信とは決して同一のものと云えない。現代の若い世代は、自分とひととの人生にまともに面して、負うている責任の感情を自身にたしかめてみて、そこが肯定されればその誠意を自信のよりどころと思いきわめて生きるほかは・・・ 宮本百合子 「女の歴史」
・・・従って、箇性の差異に連れて起る箇々の生活内容及び様式の相異を理解し、その価値を正当に批判すべきことは、もう公理なのだとも思われる。一方から云えば、解り切った事だと云えるだろう。けれども、自分は、そう雑作なく解り切った事だとは、自分に対して云・・・ 宮本百合子 「概念と心其もの」
日本語と云うものが、地球上、余り狭小な部分にのみ通用する国語であると云うことは、文筆に携る者にとって、功利的に考えれば、第一、損な立場であると思います。 使用上、所謂、敬語、階級的な感情、観念を現す差別の多いこと、女の・・・ 宮本百合子 「芸術家と国語」
・・・古行李をいじっていたら、新しい健康だわしが出ましたから、あれを使って益風邪を引くまいと思いますが、哀れなことには、うちのお風呂がこわれたのよ。そしてもう同じかまはないのよ。銅がないから。お寒くはないでしょうね。 十一月十八日 〔巣鴨・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫