・・・日本の封建性は世界に類がないほど狭い国土の中でしめつけられて発達し、諸大名と徳川とは君臣というきびしい身分関係にしばられていた。ヨーロッパにおける諸王と国王との対等に近い関係とはまるで性質がちがっていた。諸大名に対する密偵制度、抑圧制度は実・・・ 宮本百合子 「木の芽だち」
・・・午後の斜光を背後から受けてキラキラ光る薄の穂、黄葉した遠くの樹木、大根畑や菜畑の軟かい黒土と活々した緑の鮮やかな対照。 九品仏は今は殆ど廃寺に等しい。本堂の裏に三棟独立した堂宇があり、内に三対ずつの仏像を蔵している。徳川時代のものだろう・・・ 宮本百合子 「金色の秋の暮」
・・・ 畑の斜に下って居る桑の木の下に座って仙二は向うに働いて居る作男のくわの先が時々キラッキラッと黒土の間に光るのや、馬子が街道を行く道かならずよる茶屋めいた処の子達が池に来て水をあびて居るのなんかを見て居た。 仙二のすきな歌も口には出・・・ 宮本百合子 「グースベリーの熟れる頃」
・・・ 八年制はつまり現在の高等二年修了と同じになるのだろうから、日本の民衆の一般の智能の水準は、それに準じて向上されるという期待が持たれていいのだろう。国土の面積に比べて日本は鉄道網の発達していることと、小学校のどっさりあることでは世界屈指・・・ 宮本百合子 「国民学校への過程」
・・・ロシアのように広大な国土のところでは、一口にロシアの詩人、作家といっても、黒海沿岸、南露の詩人の気質・表現と、半年雪に埋もれ原始密林を眺めているシベリア地方生れの詩人、作家の気質・表現とは、その扱う題材がちがうように、著しい相異がある。・・・ 宮本百合子 「自然描写における社会性について」
・・・民主主義文学運動は、批評の能力において欠けていたばかりでなく、新しい文学行動の創造力を日本の国土にめざましてゆく力においても欠けていた。 従来の市民文学との関係で、このことが観察された場合、そこには、互いに影響しあっている何か微妙ないき・・・ 宮本百合子 「「下じき」の問題」
・・・モスクワを中心とする黒土地方一帯、ヴォルガ地方、シベリア、北コーカサス地方。そこいらじゅうの集団農場では春の蒔つけ時だ。都会の工場から農村手伝いの篤志労働団が、長靴をはいて、麻袋を背負って特別列車にのっかって、八方へひろがった。 同時・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
・・・ あたりに見る人はないのですし私だって幾らか気が軽くなって居るので、黒土の現れた所へ来ると、わざわざ腰をまげて手で目鏡を作りながら、「あら御覧なさい、 ここは真くらですよ。 まあ彼那お爺さんが提灯を持って行きますよ。・・・ 宮本百合子 「小さい子供」
・・・これは、その限りでは正当であるし、今日の中国の人々が自分たちの国土の中で行われている分割占拠に猛然と反対している感情とも一致したものである。「分裂せる家」の淵の自尊心ある中国のインテリゲンツィアとしての心理をバックは大変よく描いている。けれ・・・ 宮本百合子 「中国に於ける二人のアメリカ婦人」
・・・ あきる時を知らない様に千世子は自分の手足とチラッと見える鼻柱が大変白く見えるのを嬉しい様に思いながらテニスコートの黒土の上を歩きまわった。 町々のどよめきが波が寄せる様に響くのでまるで海に来て居る様な気持になって波に洗われる小石の・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
出典:青空文庫