・・・ 教壇の方を見ると、繩でくくった浅草紙や、手ぬぐいの截らないのが、雑然として取乱された中で、平塚君や国富君や清水君が、黒板へ、罹災民の数やら塩せんべいの数やらを書いてせっせと引いたり割ったりしている。急いで書くせいか、数字までせっせと忙・・・ 芥川竜之介 「水の三日」
・・・若狭の国府の侍でございます。名は金沢の武弘、年は二十六歳でございました。いえ、優しい気立でございますから、遺恨なぞ受ける筈はございません。 娘でございますか? 娘の名は真砂、年は十九歳でございます。これは男にも劣らぬくらい、勝気の女でご・・・ 芥川竜之介 「藪の中」
・・・ 場所は、言った通り、城下から海岸の港へ通る二里余りの並木の途中、ちょうど真中処に、昔から伝説を持った大な一面の石がある――義経記に、……加賀国富樫と言う所も近くなり、富樫の介と申すは当国の大名なり、鎌倉殿より仰は蒙らねども、内・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・単に物質だけの百一億円の損害でも、日露戦争の費用の五倍以上にあたり、全国富の十分の一を失ったわけです。われわれはおたがいに協同努力して一日も早くこの大負傷をいやすことにつとめなければなりません。これまで多くの人々はふだんの平和に甘えて、だら・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・七日に、本は『世界文学総論』、カーライルの『クロムウェル伝』、『日本書紀』上・中、ポアンカレの『科学者と詩人』、『国富論』上を入れます。私によくわからないので伺いますが、例えば三冊もつづく本を、一時に三冊入れた方が御便利ですか、或は一冊ずつ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・工業が発達し、商業が自由になり「ナポレオンによって全ヨーロッパに及ぼされた国富の新しい配分が、特にフランスにおいてその実を結びはじめ」ると同時に、大革命時代に「没収されていた教会僧院の財産は勿論、或は分割され、或は競売に附せられた貴族の財産・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・ 佐渡の国府は雑太という所にある。正道はそこへ往って、役人の手で国中を調べてもらったが、母の行くえは容易に知れなかった。 ある日正道は思案にくれながら、一人旅館を出て市中を歩いた。そのうちいつか人家の立ち並んだ所を離れて、畑中の道に・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
出典:青空文庫