・・・それが眉の濃い、血色鮮な丸顔で、その晩は古代蝶鳥の模様か何かに繻珍の帯をしめたのが、当時の言を使って形容すれば、いかにも高等な感じを与えていました。が、三浦の愛の相手として、私が想像に描いていた新夫人に比べると、どこかその感じにそぐわない所・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・彼は赤い篝の火影に、古代の服装をした日本人たちが、互いに酒を酌み交しながら、車座をつくっているのを見た。そのまん中には女が一人、――日本ではまだ見た事のない、堂々とした体格の女が一人、大きな桶を伏せた上に、踊り狂っているのを見た。桶の後ろに・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・僕はこの商標に人工の翼を手よりにした古代の希臘人を思い出した。彼は空中に舞い上った揚句、太陽の光に翼を焼かれ、とうとう海中に溺死していた。マドリッドへ、リオへ、サマルカンドへ、――僕はこう云う僕の夢を嘲笑わない訣には行かなかった。同時に又復・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・わりあいに顔のはば広く、目の細いところ、土佐絵などによく見る古代女房の顔をほんものに見る心持ちがした。富士のふもと野の霜枯れをたずねてきて、さびしい宿屋に天平式美人を見る、おおいにゆかいであった。 娘は、お中食のしたくいたしましょうかと・・・ 伊藤左千夫 「河口湖」
・・・うものは、頗る変哲なもの、殊更に形式的なもので、要するに非常識的のものであるとなせる等である、固より茶の湯の真趣味を寸分だも知らざる社会の臆断である、そうかと思えば世界大博覧会などのある時には、日本の古代美術品と云えば真先に茶器が持出される・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・「私は、古代民族の歴史を研究しているので、こうして、方々を歩いています。」といいました。 信吉は、自分の持っているものが、いつか学問のうえに役立てば、ひとりこの人のみの喜びでない、人類の幸福と思いましたから、「いえ、じき近いので・・・ 小川未明 「銀河の下の町」
・・・恐らく古代アラビヤ語であろう、アラビヤ語は辞典がないので困るんだ、しかし、織田君はなかなか学があるね、見直したよとその学生に語ったということである。読者や批評家や聴衆というものは甘いものである。 彼等は小説家というものが宗教家や教育家や・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・ ――さすがのジャーナリズムもその非を悟ったか、川那子メジシンの誇大広告の掲載を拒絶するに至った……。 お前はすぐ紋附袴で新聞社へかけつけ、「――広告部長を呼べ!」 そして広告部長が出て来ると、「――おれの広告の・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・彼は古代の希臘の風習を心のなかに思い出していた。死者を納れる石棺のおもてへ、淫らな戯れをしている人の姿や、牝羊と交合している牧羊神を彫りつけたりした希臘人の風習を。――そして思った。「彼らは知らない。病院の窓の人びとは、崖下の窓を。崖下・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・その堪らなさが妙に誇大されて感じられる。誇大だとは思っても、そう思って抜けられる気持ではなかった。先刻の古本屋へまた逆に歩いて行った。やはり買えなかった。吝嗇臭いぞと思ってみてもどうしても買えなかった。雪がせわしく降り出したので出張りを片付・・・ 梶井基次郎 「泥濘」
出典:青空文庫