・・・何故かと云うと田中君は、詩も作る、ヴァイオリンも弾く、油絵の具も使う、役者も勤める、歌骨牌も巧い、薩摩琵琶も出来ると云う才人だから、どれが本職でどれが道楽だか、鑑定の出来るものは一人もいない。従ってまた人物も、顔は役者のごとくのっぺりしてい・・・ 芥川竜之介 「葱」
・・・そこで僕が思うには、この金貨を元手にして、君が僕たちと骨牌をするのだ。そうしてもし君が勝ったなら、石炭にするとも何にするとも、自由に君が始末するが好い。が、もし僕たちが勝ったなら、金貨のまま僕たちへ渡し給え。そうすれば御互の申し分も立って、・・・ 芥川竜之介 「魔術」
・・・――町の、右の、ちゃら金のすすめなり、後見なり、ご新姐の仇な処をおとりにして、碁会所を看板に、骨牌賭博の小宿という、もくろみだったらしいのですが、碁盤の櫓をあげる前に、長屋の城は落ちました。どの道落ちる城ですが、その没落をはやめたのは、慾に・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ いずれも、花骨牌で徹夜の今、明神坂の常盤湯へ行ったのである。 行違いに、ぼんやりと、宗吉が妾宅へ入ると、食う物どころか、いきなり跡始末の掃除をさせられた。「済まないことね、学生さんに働かしちゃあ。」 とお千さんは、伊達巻一・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・腕押しに、骨牌に、その晩は笑い声が尽きなかった。 翌日はもはや新しい柱時計が私たちの家の茶の間にかかっていなかった。次郎はそれを厚い紙箱に入れて、旅に提げて行かれるように荷造りした。 その時になってみると、太郎はあの山地のほうですで・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・私はこの簡単な物差ですべてのものを無雑作に可否のいずれかに決するように教えられて来たのであった。骨牌のような札の片側には「自」反対の側には「他」と書いてある。私は時と場合とに応じてこの札の裏表を使い分ける事を教えられた。 見ているうちに・・・ 寺田寅彦 「厄年と etc.」
・・・あの蠱惑的な不思議な町はどこかまるで消えてしまって、骨牌の裏を返したように、すっかり別の世界が現れていた。此所に現実している物は、普通の平凡な田舎町。しかも私のよく知っている、いつものU町の姿ではないか。そこにはいつもの理髪店が、客の来ない・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・けれども、自分は、手に賑やかな骨牌を持ち、顔は明るく笑い乍ら、何とも云われない魂の寂寥を覚えた。 去年の大晦日は林町で二三時頃まで過し、雪の凍ってつるつるする街路を、Aと小林さんと三人で、頼まれたペパアミントを探し乍ら、肴町を歩いたのを・・・ 宮本百合子 「二つの家を繋ぐ回想」
・・・だが、反対にその一方のいい分をきいて見ろ、こんどは、正しいはずだった方が、ちり骨灰だ! 一体、じゃどっちが正しいプロレタリア芸術創造に向っているのだ? 「客観的事実」によってわれわれに見せてくれ、と。―― 読者よ。 今こそ、その時が・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
・・・ お上さんの内には昨夜骨牌会があった。息子さんは誰やらと札の引張合いをして勝ったのが愉快だというので、大声に笑った拍子に、顎が両方一度に脱れた。それから大騒ぎになって、近所の医者に見て貰ったが、嵌めてはくれなかった。このままで直らなかっ・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
出典:青空文庫