・・・ 十歳ばかりの頃なりけん、加賀国石川郡、松任の駅より、畦路を半町ばかり小村に入込みたる片辺に、里寺あり、寺号は覚えず、摩耶夫人おわします。なき母をあこがれて、父とともに詣でしことあり。初夏の頃なりしよ。里川に合歓花あり、田に白鷺あり。麦・・・ 泉鏡花 「一景話題」
二十五年という歳月は一世紀の四分の一である。決して短かいとは云われぬ。此の間に何十人何百人の事業家、致富家、名士、学者が起ったり仆れたりしたか解らぬ。二十五年前には大外交家小村侯爵はタシカ私立法律学校の貧乏講師であった。英雄広瀬中佐は・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・その片陰に家数二十には足らぬ小村あり、浜風の衝に当たりて野を控ゆ。』 その次が十一月二十二日の夜『月の光、夕の香をこめてわずかに照りそめしころ河岸に出ず。村々浦々の人、すでに舟とともに散じて昼間のさわがしきに似ずいと寂びたり。白馬一・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・そして、おとなしくって、よく働く、使いいゝ吉田と小村とが軍医の命令によって残されることになった。 二 誰れだって、シベリアに長くいたくはなかった。 豪胆で殺伐なことが好きで、よく銃剣を振るって、露西亜人を斬りつ・・・ 黒島伝治 「雪のシベリア」
・・・ 枯れ柴にくひ入る秋の蛍かな 闇の雁手のひら渡る峠かな 二更過ぐる頃軽井沢に辿り着きてさるべき旅亭もやと尋ぬれども家数、十軒ばかりの山あいの小村それと思しきも見えず。水を汲む女に聞けば旅亭三軒ありといわるるに喜びて一つの・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・「小村淡彩」「一太と母」「帆」「街」はどれも一九二五年から二六年ごろにかかれた。日本の文学には無産派文学運動が擡頭していて、アナーキズムとボルシェビズムの対立のはっきりしはじめた時代であった。蔵原惟人・青野季吉その他の人々によって、芸術・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第三巻)」
・・・その前後に、これまでは決して插画を描かなかった小村雪岱、石井鶴三、中川一政などという画家たちが、装幀や插画にのり出して来て、その人々のその種の作品は、本格的な画家であるが故に珍重されつつ、その半面ではそのことで彼等の本格の仕事に一種派手やか・・・ 宮本百合子 「おのずから低きに」
小村をかこんだ山々の高い峯は夕日のさす毎に絵で見る様な美くしい色になりすぐその下の池は白い藻の花が夏のはじめから秋の来るまで咲きつづける東北には珍らしいほどかるい、色の美くしい景色の小さい村に仙二は住んで居た。 十八で・・・ 宮本百合子 「グースベリーの熟れる頃」
旅へ出て 四月の三日から七日まで私は東北の春のおそい――四方山で囲まれた小村の祖母の家へ亡祖父の祭典のために行った。 見たままを――思ったままを順序もなく書き集めた。 四日の旅をわすれたくないの・・・ 宮本百合子 「旅へ出て」
冬枯の恐ろしく長い東北の小村は、四国あたりの其れにくらべると幾層倍か、貧しい哀れなものだと云う事は其の気候の事を思ってもじき分る事であるが、此の二年ほど、それどころかもっと長い間うるさくつきまとうて居る不作と・・・ 宮本百合子 「農村」
出典:青空文庫