・・・空いつの間にか曇りてポツリ/\顔におつれどさしたる事もなければ行手を急いで上へ/\と行く。道右へ廻りて両側に料理屋茶店など立ち並ぶ間を行く。右手に萩の園と掛札ある家を、これが百花園かと門内を覗くに、どうやら変なれば、客待ちの車夫に問うに、百・・・ 寺田寅彦 「半日ある記」
・・・ あるいはたまたま豊に生活して多少の余財ある者もあるべしといえども、その財は、本人が教育上に授けられたる芸能を天下の殖産社会に活用して得たる財にはあらずして、幸に官途に用いられ、さしたる用もなけれども、きまりの俸給に衣食して、少々ずつそ・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾学生諸氏に告ぐ」
・・・水少年の矢数問ひよる念者ぶり水の粉やあるじかしこき後家の君虫干や甥の僧訪ふ東大寺祇園会や僧の訪ひよる梶がもと味噌汁をくはぬ娘の夏書かな鮓つけてやがて去にたる魚屋かな褌に団扇さしたる亭主かな青梅に眉あつめたる美・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・また、同じフランス文学によっているきょうの同時代の人々の間でも、時代性ぬきのフランス派――それは、ヒューマニズムの世界史に立つ展開とその具体的な内容について、さしたる重要性を見ようとしない立場の人々と、第二次大戦を通じてフランス人民の生活と・・・ 宮本百合子 「「下じき」の問題」
・・・わしがところではさしたる饗応はせぬが、芋粥でも進ぜましょう。どうぞ遠慮せずに来て下されい」男は強いて誘うでもなく、独語のように言ったのである。 子供の母はつくづく聞いていたが、世間の掟にそむいてまでも人を救おうというありがたい志に感ぜず・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
出典:青空文庫