・・・「不相変、観音様へ参詣する人が多いようだね。」「左様でございます。」 陶器師は、仕事に気をとられていたせいか、少し迷惑そうに、こう答えた。が、これは眼の小さい、鼻の上を向いた、どこかひょうきんな所のある老人で、顔つきにも容子にも・・・ 芥川竜之介 「運」
・・・莫迦莫迦しさをも承知した上、「わざと取ってつけたように高く左様なら」と云い合いて、別れ別れに一方は大路へ、一方は小路へ、姿を下駄音と共に消すのも、満更厭な気ばかり起させる訳でもない。 私も嘗て、本郷なる何某と云うレストランに、久米とマン・・・ 芥川竜之介 「久米正雄」
・・・――堀川君、君は伝熱作用の法則を知っているかい?」「デンネツ? 電気の熱か何かかい?」「困るなあ、文学者は。」 宮本はそう云う間にも、火の気の映ったストオヴの口へ一杯の石炭を浚いこんだ。「温度の異なる二つの物体を互に接触せし・・・ 芥川竜之介 「寒さ」
・・・「いえ、左様ではございませぬ。」「ではなぜ数馬と悟ったのじゃ?」 治修はじっと三右衛門を眺めた。三右衛門は何とも答えずにいる。治修はもう一度促すように、同じ言葉を繰り返した。が、今度も三右衛門は袴へ目を落したきり、容易に口を開こ・・・ 芥川竜之介 「三右衛門の罪」
・・・この故に万人に共通する悲劇は排泄作用を行うことである。 強弱 強者とは敵を恐れぬ代りに友人を恐れるものである。一撃に敵を打ち倒すことには何の痛痒も感じない代りに、知らず識らず友人を傷つけることには児女に似た恐怖を感ずるも・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・「それはうちへおよこしよ。うちにいれば二三年中には、きっと仙人にして見せるから。」「左様ですか? それは善い事を伺いました。では何分願います。どうも仙人と御医者様とは、どこか縁が近いような心もちが致して居りましたよ。」 何も知ら・・・ 芥川竜之介 「仙人」
・・・唯物史観に立脚するマルクスは、そのままに放置しておいても、資本主義的経済生活は自分で醸した内分泌の毒素によって、早晩崩壊すべきを予定していたにしても、その崩壊作用をある階級の自覚的な努力によって早めようとしたことは争われない。そして彼はその・・・ 有島武郎 「想片」
・・・不可思議な時というものの作用にお前たちを打任してよく眠れ。そうして明日は昨日よりも大きく賢くなって、寝床の中から跳り出して来い。私は私の役目をなし遂げる事に全力を尽すだろう。私の一生が如何に失敗であろうとも、又私が如何なる誘惑に打負けようと・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・そんなら、この処に一人の男(仮令があって、自分の神経作用が従来の人々よりも一層鋭敏になっている事に気が付き、そして又、それが近代の人間の一つの特質である事を知り、自分もそれらの人々と共に近代文明に醸されたところの不健康な状態にあるものだと認・・・ 石川啄木 「性急な思想」
・・・ お米さんが、しなよく頷きますと、「左様か。」 と言って、これから滔々と弁じ出した。その弁ずるのが都会における私ども、なかま、なかまと申して私などは、ものの数でもないのですが、立派な、画の画伯方の名を呼んで、片端から、奴がと苦り・・・ 泉鏡花 「雪霊記事」
出典:青空文庫