・・・ 雨は、羅生門をつつんで、遠くから、ざあっと云う音をあつめて来る。夕闇は次第に空を低くして、見上げると、門の屋根が、斜につき出した甍の先に、重たくうす暗い雲を支えている。 どうにもならない事を、どうにかするためには、手段を選んでいる・・・ 芥川竜之介 「羅生門」
・・・「逢ったとたんに、二人のあいだに波が、ざあっと来て、またわかれわかれになるね。あそこも、うめえな。あんな事で、また永遠にわかれわかれになるということも、人生には、あるのだからね。」 これくらい甘い事も平気で言えるようでなくっちゃ、若・・・ 太宰治 「メリイクリスマス」
・・・その時友だちがまわるのをやめたもんだから、水はざあっと一ぺんに日詰の町に落ちかかったんだ。その時は僕はもうまわるのをやめて、少し下に降りて見ていたがね、さっきの水の中にいた鮒やなまずが、ばらばらと往来や屋根に降っていたんだ。みんなは外へ出て・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・ その時風がざあっと吹いて来て土手の草はざわざわ波になり、運動場のまん中でさあっと塵があがり、それが玄関の前まで行くと、きりきりとまわって小さなつむじ風になって、黄いろな塵は瓶をさかさまにしたような形になって屋根より高くのぼりました。・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸のように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗いろのがらんとした空の下を・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・ すきとおった風がざあっと吹くと、栗の木はばらばらと実をおとしました。一郎は栗の木をみあげて、「栗の木、栗の木、やまねこがここを通らなかったかい。」とききました。栗の木はちょっとしずかになって、「やまねこなら、けさはやく、馬車で・・・ 宮沢賢治 「どんぐりと山猫」
・・・ こおっと、 あれは――何だったろう、お前、先月の十一日頃だったろう、 それだものもうざあっと、一月だよ。 自分の、すぐ眼の上で、ポキポキと音の出る様に骨だらけな指を、カキッ、カキッと折りまげるお金の顔を、お君はキョトン・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ これからざあっと一月又会わなくなると云う事等は一寸も悲しい事にも淋しい事にも思えなかった。 新らしい書(み物を二冊ほど持って京子はせっついて帰った。 立つ日も聞こうとしなかったし御大事に行らっしゃいなんかとも云おうともしなかっ・・・ 宮本百合子 「千世子(二)」
・・・ あとにざあっと十本。 真黒な土にはっきりと快く黄いろい「わら」が落ちて居る。 目ざわりになると思ってか台を紅葉の下にころがして行く。 背が低く左右に形よく拡がった褪紅色の下に台があお向にひっくり返って居る。 何とか云う・・・ 宮本百合子 「通り雨」
出典:青空文庫