・・・派手に着飾って見た眼には美しいが、指をふれて見ると碌なものじゃないという傾向と、じみな、視覚にはそんなに衝動を与えない代りに丈夫で永持のする高価なものという二つの服装分類は、そのどちらかに依って、外出する機会を多く持っている者か、内に許り閉・・・ 宮本百合子 「二つの型」
・・・ 私は日本プロレタリア文学史の中でも、こんにちのさまざまな現象が、やはりそのような視角から明らかにされる時のあることを想像して、尽きない興味を覚えるのである。〔一九三四年十二月〕 宮本百合子 「冬を越す蕾」
・・・を描く一方で、マリアは刺客におそわれている「シーザア」やキリストを葬ったばかりの「二人のマリア」の大作を描こうと勢いこんでいるのである。 十五歳で、辛辣に小癪にも人類への軽蔑を表現しているマリア。同時に「人は何故誇張なしに話ができな・・・ 宮本百合子 「マリア・バシュキルツェフの日記」
手提鞄の右肩に赤白の円い飛行会社のレベルがはられた。「航空ユニオン。27」廻転するプロペラーの速力を視覚に印象させるような配列法でこまかく、赤白、赤白。にとられたものです、それからこれが昨年の。真中に坐ってらっしゃるの・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
・・・モスクワではあらゆるけちな労働者クラブにさえ満ち溢れるそれらのものを、唯一つの手ばたきでここに視角化する魔力は持たぬ。民衆宮とは日本よりの社会局役人をして垂涎せしむる石造建築と最初建造資金を寄附したミス・某々の良心的満足に向って捧げられてい・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
・・・ 文吉は酒井家の目附役所に呼び出されて、元表小使、山本九郎右衛門家来と云う資格で、「格段骨折奇特に附、小役人格に被召抱、御宛行金四両二人扶持被下置」と達せられた。それから苗字を深中と名告って、酒井家の下邸巣鴨の山番を勤めた。 この敵・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・それだから刺客になっても、人を殺しても、なんのために殺すなんという理窟はいらないのだ。殺す目当になっている人間がなんの邪魔になっているというわけでもない。それを除いてどうするというわけでもない。こないだ局長さんに聞いたが、十五年ばかり前の事・・・ 森鴎外 「食堂」
・・・この四角な部屋に並べられた壺や寝台や壁や横顔や花々の静まった静物の線の中から、かすかな一条の歎声が洩れるとは。彼は彼女のその歎声の秘められたような美しさを聴くために、戸外から手に入る花という花を部屋の中へ集め出した。 薔薇は朝毎に水に濡・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・しかし、すでに、それだけでも栖方の発想には天才の資格があった。二十一歳の青年で、零の置きどころに意識をさし入れたということは、あらゆる既成の観念に疑問を抱いた証拠であった。おそらく、彼を認めるものはいなかろうと梶は思った。「通ることがあ・・・ 横光利一 「微笑」
・・・ けれどもこの穏やかさは、視覚に集中した心が聴覚の方へ中心を移す一つの中間状態に過ぎない。僧侶たちが、仏を礼讃する心持ちにあふれながら読誦するありがたいお経は、再び徐々に、しかし底力強く、彼らの血を湧き立たせないではおかないのである。彼・・・ 和辻哲郎 「偶像崇拝の心理」
出典:青空文庫