・・・そのころの私はレーニングラードにいて、「ソヴキノ」試写室で世界的映画監督プドフキンによって映画化されたゴーリキイの「母」を見たりしたところである。ゴーリキイには会って見たい心持を制することができなかった。彼は、いたずらに名士ずきで会う人間と・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの人及び芸術」
ヘンリー・ライクロフトの私記の中に、 自分は、斯うやって卓子の上にある蜜も、蜜であるが故に喜んで味わう――ジョンソンが云った通り、文学的素養のある人間と無い人間とは、生者と死者ほどの違いがある。この蜜についても、若し私・・・ 宮本百合子 「無題(四)」
・・・ 頭に鳥毛飾りの帽子をかぶり、錦のマンテルを着た人は、王様の使者でなくて誰でしょう。 風邪をひいた七面鳥のような蒼い顔になったお婆さんに、使者は恭々しく礼をして云いました。「お婆さん、ちっとも驚くことはありません。私共は王様の姫・・・ 宮本百合子 「ようか月の晩」
・・・夥しい戦死者がある。戦災を被った都会からの転出者との生活上の摩擦、昨今の供出の難かしい問題など、それは農村の封建的な土地との関係、家族の関係などを引くるめて、決して農村婦人の生活を、これまでよりも負担の軽い、楽しい明るいものとはしていないの・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・柄本又七郎へは米田監物が承って組頭谷内蔵之允を使者にやって、賞詞があった。親戚朋友がよろこびを言いに来ると、又七郎は笑って、「元亀天正のころは、城攻め野合せが朝夕の飯同様であった、阿部一族討取りなぞは茶の子の茶の子の朝茶の子じゃ」と言った。・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・ 私はそれを聞いて、「安国寺さんを縁談の使者に立てたとすると、F君はお大名だな」と云った。無遠慮な Egoist たるF君と、学徳があって世情に疎く、赤子の心を持っている安国寺さんとの間でなくては、そう云うことは成り立たぬと思ったのであ・・・ 森鴎外 「二人の友」
・・・しかしお父うさまに頼まれた上で考えてみれば、ほかに弟のよめに相応した娘も思い当らず、またお豊さんが不承知を言うにきまっているとも思われぬので、ご新造はとうとう使者の役目を引き受けた。 川添の家では雛祭の支度をしていた。奥の間へいろい・・・ 森鴎外 「安井夫人」
・・・伝説では、殉死の習慣を廃するために埴輪人形を立て始めたということになっているが、その真偽はわからないにしても、とにかく殉死と同じように、葬られる死者を慰めようとする意図に基づいたものであることは、間違いのないところであろう。そういう埴輪の形・・・ 和辻哲郎 「人物埴輪の眼」
・・・折にふれて思い出しては悲しむのが、せめてもの慰めであり、死者への心づくしである。そういう点からいえば、親の愛はまことに愚痴にほかならないが、しかし自分は子を亡くして見て、人間の愚痴というもののなかに、人情の味のあることを悟った。人格は目的そ・・・ 和辻哲郎 「初めて西田幾多郎の名を聞いたころ」
出典:青空文庫