・・・一人の私服警官が粉煙草販売者を引致してゆく途中、小路から飛び出して来た数名がバラバラツと取りかこみ、各自手にした樫棒で滅茶苦茶に打ち素手の警官はたちまちぶつ倒れて水溜りに顔を突つ込んだ。死んだやうになつてゐた数秒、しかし再び意識をとり戻した・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・ こうして、追っ払われた支店長は二三に止まらず、しかも、悪辣なる丹造は、その跡釜へ新たに保証金を入れた応募者を据えるという巧妙な手段で、いよいよ私腹を肥やしたから、路頭に迷う支店長らの怨嗟の声は、当然高まった。 ある支店長のごときは・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・音楽家はそれらの人々の私腹を肥すことに努力することによって、辛うじて演奏にありついて来たのである。 ところが、相手はそんな庄之助を見て、あっけに取られてしまった。「さすが大阪の奴は、金のことにかけると汚いわい」 と、思ってみたり・・・ 織田作之助 「道なき道」
・・・ 五 根本問題の所在 この小さな紙幅に倫理学の根本問題を羅列することは不可能である。しかし具体的に問題の所在を示すために二、三の例証を引くことは絶対に必要である。 先ず道徳思想と道徳との弁別の問題がある。リップス・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・私は限りない愛惜をもって、紙幅の許すまで彼自らの文章に語らせたい。「五月十二日、鎌倉を立ちて甲斐の国へ分け入る。路次のいぶせさ、峰に登れば日月をいただく如し。谷に下れば穴に入るが如し。河たけくして船渡らず、大石流れて箭をつくが如し。道は・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・さらに想を練り、案を構え。雌伏。賢者のまさに動かんとするや、必ず愚色あり。熟慮。潔癖。凝り性。おれの苦しさ、わからんかね。仙脱。無慾。世が世なら、なあ。沈黙は金。塵事うるさく。隅の親石。機未だ熟さず。出る杭うたれる。寝ていて転ぶうれいなし。・・・ 太宰治 「懶惰の歌留多」
・・・ この問題に関しては述ぶべき事はこれに尽きないが、与えられた紙幅が既に尽きたから、これで擱筆する外はない。執筆の動機はただ我邦学術の健全なる発達に対する熱望の外には何物もない。ただ生来の不文のために我学界に礼を失するがごとき点があるかも・・・ 寺田寅彦 「学位について」
・・・限られた紙幅の中に規定されただけの項目を盛り込まなければならないという必要からではあろうが、実にごたごたとよく色々のことが鮨詰になっている。一頁の中に三つも四つもの器械の絵があったりする。見ただけで頭がくらくらしそうである。そうしてそれらの・・・ 寺田寅彦 「マーカス・ショーとレビュー式教育」
・・・ 白い制服、又は私服の警官が四五十人もそこに網を張っていた。 汽車はピタッと止った。 だるい、ものうい、眠い、真夜中のうだるような暑さの中に、それと似てもつかない渦巻が起った。警官が、十数輛の列車に、一時に飛び込んで来た。 ・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・ 私がここへ来たばかりの時、その妙にきわだった服装の私服めいた男は、白粉やけのした年増女と、声高にこう喋っていた。「あんまり見ちゃいられねえから、手伝ってやるのよ。――あっちこっちから役人をひっぱり出して来ているんだから、まるきし何・・・ 宮本百合子 「電車の見えない電車通り」
出典:青空文庫