・・・「アメリカにも、招魂祭があるのかしら。」 とそのひとが言った。「招魂祭の花なの?」 そのひとは、それに答えず、「墓場の無い人って、哀しいわね。あたし、痩せたわ。」「どんな言葉がいいのかしら。お好きな言葉をなんでも言っ・・・ 太宰治 「フォスフォレッスセンス」
・・・ それは美しい秋晴の日であったが、ちょうど招魂社の祭礼か何かの当日で、牛込見附のあたりも人出が多く、何となしにうららかに賑わっていた。会場の入口には自動車や人力が群がって、西洋人や、立派な服装をした人達が流れ込んでいた。玄関から狭い廊下・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ 質屋の店を出て、二人は嘆息しながら表通を招魂社の鳥居の方へと歩いて行った。万源という料理屋の二階から酔客の放歌が聞える。二人は何というわけとも知らず、その方へと歩み寄ったが、その時わたしはふと気がついて唖々子の袖を引いた。万源の向側な・・・ 永井荷風 「梅雨晴」
・・・それにも飽き足らず、この上相撲へ連れて行って、それから招魂社の能へ誘うと云うんだから、あなたは偉い。実際善人か悪人か分らない。 私は妙な性質で、寄席興行その他娯楽を目的とする場所へ行って坐っていると、その間に一種荒涼な感じが起るんです。・・・ 夏目漱石 「虚子君へ」
・・・いっそここへ泊まるほうが楽だろうと思って、じゃあいたへやへ案内してくれと言うと、番頭はまたおじぎを一つして、まことにお気の毒さまでございますが、招魂祭でどのへやもふさがっておりますのでとていねいに断わった。自分は傘を突いたまましばらく玄関の・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・しかも身分がよかったり、金があったりするものに、よくこう云う性根の悪い奴があるものだ」「しかも、そんなのに限って皮がいよいよ厚いんだろう」「体裁だけはすこぶる美事なものさ。しかし内心はあの下女よりよっぽどすれているんだから、いやにな・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・けれどもヒルガードには眉間にあんな傷痕がありません。」「なるほど。」 そのあとはもう異教徒席も異派席もしいんとしてしまって誰も演壇に立つものがありませんでした。祭司次長がしばらく式場を見まわして今のざわめきが静まってから落ちついて異・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・手足の上げおろしを細々と、やかましくいって、肝腎の性根に及ばない躾は、最悪です。 今日男女の青年たちの或るものが、形式ばった挨拶だけは上手で、一向に公徳心も、若者らしいやさしさもない心でいるのは、形式一点ばりであった軍事的教育の害悪です・・・ 宮本百合子 「新しい躾」
・・・というこの小説の世界にとって重要なモメントとなっている女性の生活闘争の傷痕の問題や、プロレタリア前衛党が再結集されてゆく過程及びその階級活動全般における各種の専門活動の関係とその評価についての問題。日本の監獄が治安維持法の政治犯と云っても非・・・ 宮本百合子 「解説(『風知草』)」
・・・もしも彼女が、上成績で学位をとったことを、これから安楽な奥さん生活を営むためにより有利な条件として利用しようとでもする俗っぽい性根であったなら、決してピエール・キュリーのような天才的な、創意にみちた科学者の人柄と学問の立派さを理解することは・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人の命の焔」
出典:青空文庫