・・・ お律は眼をつぶっていた。生来薄手に出来た顔が一層今日は窶れたようだった。が、洋一の差し覗いた顔へそっと熱のある眼をあけると、ふだんの通りかすかに頬笑んで見せた。洋一は何だか叔母や姉と、いつまでも茶の間に話していた事がすまないような心も・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・彼の生来の詩的情熱は見る見るまたそれを誇張し出した。日本の戯曲家や小説家は、――殊に彼の友だちは惨憺たる窮乏に安んじなければならぬ。長谷正雄は酒の代りに電気ブランを飲んでいる。大友雄吉も妻子と一しょに三畳の二階を借りている。松本法城も――松・・・ 芥川竜之介 「十円札」
・・・すると王城を忍び出た後、ほっと一息ついたものは実際将来の釈迦無二仏だったか、それとも彼の妻の耶輸陀羅だったか、容易に断定は出来ないかも知れない。 又 悉達多は六年の苦行の後、菩提樹下に正覚に達した。彼の成道の伝説は如何に・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・が、将来にあこがれるよりもむしろ現在に安住しよう。――保吉は予言者的精神に富んだ二三の友人を尊敬しながら、しかもなお心の一番底には不相変ひとりこう思っている。 大森の海から帰った後、母はどこかへ行った帰りに「日本昔噺」の中にある「浦島太・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・父がこうして北海道の山の中に大きな農場を持とうと思い立ったのも、つまり彼の将来を思ってのことだということもよく知っていた。それを思うと彼は黙って親子というものを考えたかった。「お前は夕飯はどうした」 そう突然父が尋ねた。監督はいつも・・・ 有島武郎 「親子」
・・・終わりに臨んで諸君の将来が、協力一致と相互扶助との観念によって導かれ、現代の悪制度の中にあっても、それに動かされないだけの堅固な基礎を作り、諸君の精神と生活とが、自然に周囲に働いて、周囲の状況をも変化する結果になるようにと祈ります。・・・ 有島武郎 「小作人への告別」
・・・しかし生来の烈しい気性のためか、この発作がヒステリーに変わって、泣き崩れて理性を失うというような所はなかった。父が自分の仕事や家のことなどで心配したり当惑したりするような場合に、母がそれを励まし助けたことがしばしばあった。後に母の母が同棲す・・・ 有島武郎 「私の父と母」
・・・我々は、そういう人も何時かはその二重の生活を統一し、徹底しようとする要求に出会うものと信じて、何処までも将来の日本人の生活についての信念を力強く把持して行くべきであると思う。 石川啄木 「性急な思想」
・・・枕もとに松籟をきいて、しばらく理窟も学問もなくなった。が、ふと、昼飯の膳に、一銚子添えさせるのを言忘れたのに心づいて、そこで起上った。 どこを探しても呼鈴が見当らない。 二三度手を敲いてみたが――これは初めから成算がなかった。勝手が・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・れど今憖に鷲の首などと謂う時は、かの恐しき魔法使の整え来ぬとも料り難く因りて婆々が思案には、(其方の言分承知したれど、親の許のなくてはならず、母上だに引承たまわば何時にても妻とならん、去ってまず母上に請来と、かように貴娘が仰せられし、と私よ・・・ 泉鏡花 「妖僧記」
出典:青空文庫