・・・ 自分は、数年来この二つの疑問に対して、何等の手がかりをも得ずに、空しく東西の古文書を渉猟していた。が、「さまよえる猶太人」を取扱った文献の数は、非常に多い。自分がそれをことごとく読破すると云う事は、少くとも日本にいる限り、全く不可能な・・・ 芥川竜之介 「さまよえる猶太人」
・・・ 私は遠慮なく葉巻を一本取って、燐寸の火をうつしながら、「確かあなたの御使いになる精霊は、ジンとかいう名前でしたね。するとこれから私が拝見する魔術と言うのも、そのジンの力を借りてなさるのですか。」 ミスラ君は自分も葉巻へ火をつけ・・・ 芥川竜之介 「魔術」
・・・それならどうして、この文明の日光に照らされた東京にも、平常は夢の中にのみ跳梁する精霊たちの秘密な力が、時と場合とでアウエルバッハの窖のような不思議を現じないと云えましょう。時と場合どころではありません。私に云わせれば、あなたの御注意次第で、・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・「神、その独子、聖霊及び基督の御弟子の頭なる法皇の御許によって、末世の罪人、神の召によって人を喜ばす軽業師なるフランシスが善良なアッシジの市民に告げる。フランシスは今日教友のレオに堂母で説教するようにといった。レオは神を語るだけの弁才を・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・ 俯向きざま掌に掬いてのみぬ。清涼掬すべし、この水の味はわれ心得たり。遊山の折々かの山寺の井戸の水試みたるに、わが家のそれと異らずよく似たり。実によき水ぞ、市中にはまた類あらじと亡き母のたまいき。いまこれをはじめならず、われもまたしばし・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・雲は焚け、草は萎み、水は涸れ、人は喘ぐ時、一座の劇はさながら褥熱に対する氷のごとく、十万の市民に、一剤、清涼の気を齎らして剰余あった。 膚の白さも雪なれば、瞳も露の涼しい中にも、拳って座中の明星と称えられた村井紫玉が、「まあ……前刻・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・……いかがわしいが、生霊と札の立った就中小さな的に吹当てると、床板ががらりと転覆って、大松蕈を抱いた緋の褌のおかめが、とんぼ返りをして莞爾と飛出す、途端に、四方へ引張った綱が揺れて、鐘と太鼓がしだらでんで一斉にがんがらん、どんどと鳴って、そ・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・「先祖代々の諸精霊……願以此功徳無量壇波羅蜜。具足円満、平等利益――南無妙……此経難持、若暫持、我即歓喜……一切天人皆応供養。――」 チーン。「ありがとう存じます。」「はいはい。」「御苦労様でございました。」「はい。・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・白糸 おや、それじゃ私の生霊が行ってるのかしら。七左 ええ……変なことを言う。白糸 見て下さい、私とは――違いますか。七左 いや、この方が、床の間に活けた白菊かな。白糸 え。七左 まずおいで。はあてな、別嬪二人二千石・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・(瞳をくとともに、小腕画家 ウイスキーです――清涼剤に――一体、これはどうした事です。人形使 (びくりびくりと蠢画家 どうした事情だか知りません。けれども、余り極端な事をしては不可い。夫人 (吻私、どうしたんでございましょう・・・ 泉鏡花 「山吹」
出典:青空文庫