・・・毎年の浅草の年の市には暮の餅搗に使用する団扇を軽焼の景物として出したが、この団扇に「景物にふくの団扇を奉る、おまめで年の市のおみやげ」という自作の狂歌を摺込んだ。この狂歌が呼び物となって、誰言うとなく淡島屋の団扇で餅を煽ぐと運が向いて来ると・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ところがその出来上ったインキスタンドは実に嫌な格好の物で、夏目さん自身も嫌で仕様がないとこぼしておられたことを記憶している。 左様、原稿紙も支那風のもので……。特に夏目漱石さんの嫌いなものはブリウブラクのインキだった。万年筆は絶えず愛用・・・ 内田魯庵 「温情の裕かな夏目さん」
・・・私が初めて訪問した時にダーウィンの『種原論』が載っていた粗末な卓子がその後脚を切られて、普通の机となって露西亜へ行くまで使用されていた。硯も書生時代から持古るしたお粗末のものなら、墨も筆も少しも択ばなかった。机の上は勿論、床の間にさえ原稿紙・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・手入をせられた事のない、銀鼠色の小さい木の幹が、勝手に曲りくねって、髪の乱れた頭のような枝葉を戴いて、一塊になっている。そして小さい葉に風を受けて、互に囁き合っている。 この森の直ぐ背後で、女房は突然立ち留まった。その様子が今まで人に追・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・かりに、これを借りることも、規律正しく使用するに於ては、ために一木一草を損うことなくすむであろう。 かゝる正義の行使は、今日の社会として、当然持たなければならぬ権利である。なぜならば、児童等は、両親のものなると共に、また社会のものである・・・ 小川未明 「児童の解放擁護」
・・・ これに較べると、昔の和本は、生紙を使用して木版で摺られている。そして、糸で綴られていて、一見不器用だけれど、手工業時代の産物としての趣味があり、一種の芸術味が存している。中には絵などが入っていて、一層の情趣を添えるのもあって、まことに・・・ 小川未明 「書を愛して書を持たず」
・・・それでは、ここで私を待ち伏せていたのかと、返事の仕様もなく、湯のなかでふわりふわりからだを浮かせていると、いきなり腕を掴まれた。「彼女はなんぞ僕の悪ぐち言うてましたやろ?」 案外にきつい口調だった。けれど、彼女という言い方にはなにか・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・今更言ってみても仕様がないくらい汚ない。わずかに、中之島界隈や御堂筋にありし日の大阪をしのぶ美しさが残っているだけで、あとはどこもかしこも古雑巾のように汚ない。おまけに、ややこしい。「ややこしい」という言葉を説明することほどややこしいも・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・飲む方も催眠剤に珈琲を使用するようでは、全く憂鬱だろうが、そんな風に飲まれる珈琲も恐らく憂鬱であろう。 それと同じでんで、大阪を書くということは、例えば永井荷風や久保田万太郎が東京を愛して東京を書いているように、大阪の情緒を香りの高い珈・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・しかも、この総勘定はそのまま封鎖の中に入れられ、もはや新しい生活の可能性に向って使用されることがない。彼等の文学のうち、比較的ましな文学の中には彼等がいかに生きて来たかということは書かれているだろうが、いかに生くべきかという可能性は描かれて・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
出典:青空文庫