・・・ 然し、例えば彼女のように、或る程度の人格的覚醒と同時に、伝習的虚弱さを具有する今日の多数の女性の為には、少くとも、生活の根本動機を自己の心意に置き得る丈の役には立つと思います。 良心の疚しさを、種々な自他の慣習的弁護で云い繕いなが・・・ 宮本百合子 「ひしがれた女性と語る」
・・・――エーゴルは、死んだって、生きかえった時を心配して墓まで金を縫い込んだ襯衣を着て行く人ですよ――ああ、その時のことを想って御覧なさい。何が力? その時死から私を守って呉れるのは金だけですよ、その金も、もう新しく蓄められる金ではない、一哥ず・・・ 宮本百合子 「街」
・・・ 梶は、日本人の今日の常識にとってさえその真意を汲むに困難な独特日本の義理人情によって知性を否定する怪々な論を、フランス人に向ってくりかえしたのであった。なまじい梶の説明をきいたばかりに、一層フランス人の心で日本が分らなくなり、かくの如・・・ 宮本百合子 「「迷いの末は」」
・・・油井は、黒い髪を分け、和服の下に真白いソフトカラアのついた襯衣を着た男だ。彼は鼻にかかる甲高い声を出した。その夜は、低い声で、彼の心を蹴とばして他人のものになった女のことを母娘に話してきかせた。油井が最後の訣れにその女と小田原へ行ったという・・・ 宮本百合子 「未開な風景」
・・・第一次の大戦というものは、彼等に深刻な社会的な逼迫から人間のつくる列の真意をさとらせていたのだと思う。列は、儀礼と礼節とのためにもつくられるけれど、列が生じるのは、一に対する十の必要が動機である。そこに列の生きて脈搏つ真の動脈がひそめられて・・・ 宮本百合子 「列のこころ」
・・・見ていて梶は、鮮かな高田の手腕に必死の作業があったと思った。襯衣一枚の栖方はたちまち躍るように愉しげだった。 その夜は梶と高田と栖方の三人が技師の家の二階で泊った。高田が梶の右手に寝て、栖方が左手で、すぐ眠りに落ちた二人の間に挟まれた梶・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫