・・・一二 今でもハムレットが深厚な同情をもって読まれるのは、ハムレットがこのディレンマの上に立って迷いぬいたからである。人生に対して最も聡明な誠実な態度をとったからである。雲のごとき智者と賢者と聖者と神人とを産み出した歴史のまっ・・・ 有島武郎 「二つの道」
・・・ここまでいうと「有島氏が階級争闘を是認し、新興階級を尊重し、みずから『無縁の衆生』と称し、あるいは『新興階級者に……ならしてもらおうとも思わない』といったりする……女性的な厭味」と堺氏の言った言葉を僕自身としては返上したくなる。 次に堺・・・ 有島武郎 「片信」
・・・戦争とか豊作とか饑饉とか、すべてある偶然の出来事の発生するでなければ振興する見込のない一般経済界の状態は何を語るか。財産とともに道徳心をも失った貧民と売淫婦との急激なる増加は何を語るか。はたまた今日我邦において、その法律の規定している罪人の・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・予はただこの自由と活動の小樽に来て、目に強烈な活動の海の色を見、耳に壮快なる活動の進行曲を聞いて、心のままに筆を動かせば満足なのである。世界貿易の中心点が太平洋に移ってきて、かつて戈を交えた日露両国の商業的関係が、日本海を斜めに小樽対ウラジ・・・ 石川啄木 「初めて見たる小樽」
・・・ たとえば歩行の折から、爪尖を見た時と同じ状で、前途へ進行をはじめたので、あなやと見る見る、二間三間。 十間、十五間、一町、半、二町、三町、彼方に隔るのが、どうして目に映るのかと、怪む、とあらず、歩を移すのは渠自身、すなわち立花であ・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・信に執えられた僕であれば、もとよりあるいは玄妙なる哲学的見地に立って、そこに立命の基礎を作り、またあるいは深奥なる宗教的見地に居って、そこに安心の臍を定めるという世にいわゆる学者、宗教家達とは自らその信仰状態を異にする気の毒さはいう迄もない・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・「切迫詰って、いざ、と首の座に押直る時には、たとい場処が離れていても、きっと貴女の姿が来て、私を助けてくれるッて事を、堅くね、心の底に、確に信仰していたんだね。 まあ、お民さん許で夜更しして、じゃ、おやすみってお宅を出る。遅い時は寝・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・――引手茶屋がはじめた鳥屋でないと、深更に聞く、鶏の声の嬉しいものでないことに、読者のお察しは、どうかと思う。 時に、あの唄は、どんな化ものが出るのだろう。鴾氏も、のちにお京さん――細君に聞いた。と、忘れたと云って教えなかった。「―・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ それが大雪のために進行が続けられなくなって、晩方武生駅(越前へ留ったのです。強いて一町場ぐらいは前進出来ない事はない。が、そうすると、深山の小駅ですから、旅舎にも食料にも、乗客に対する設備が不足で、危険であるからとの事でありました。・・・ 泉鏡花 「雪霊続記」
・・・ 料理店の、あの亭主は、心優いもので、起居にいたわりつ、慰めつ、で、これも注意はしたらしいが、深更のしかも夏の夜の戸鎖浅ければ、伊達巻の跣足で忍んで出る隙は多かった。 生命の惜からぬ身には、操るまでの造作も要らぬ。小さな通船は、胸の・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
出典:青空文庫