・・・世間には往々職業というと賤視して顰蹙するものもあるが、職業は神聖である。賤視すべきものでは無い。斯ういう職業を賤視する人たちの祖先たる武士というものも亦一つの職業であって封建の家禄世襲制度の恩沢を蒙むって此の武士という職業が維持せられたれば・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・まことにクリスチャンらしき計画ではありませんか。真正の平和主義者はかかる計画に出でなければなりません。 しかしダルガスはただに預言者ではありませんでした。彼は単に夢想家ではありませんでした。工兵士官なる彼は、土木学者でありしと同時に、ま・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・私は、こうして真正のくまのいをさがしていますのも、人の命を助けたいためからで、ただ金もうけのためばかりではありません。きけばお困りになって、商売道具をお売りなさるとか、とんだことです。私は、ここに金を置いてゆきますから、このつぎきますまでに・・・ 小川未明 「猟師と薬屋の話」
・・・その顔を一つ撲ってから、軽部は、「女いうもんはな、結婚まえには神聖な体でおらんといかんのやぞ。キッスだけのことでも……」 言いかけて、お君を犯したことをふと想いだし、何か矛盾めくことを言うようだったから、簡単な訓戒に止めることにした・・・ 織田作之助 「雨」
・・・悪意はなかったろうが、心境的私小説――例えば志賀直哉の小説を最高のものとする定説の権威が、必要以上に神聖視されると、もはや志賀直哉の文学を論ずるということは即ち志賀直哉礼讃論であるという従来の常識には、悪意なき罪が存在していたと、言わねばな・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・や「改造」や「新生」や「展望」がどうして武田さんの新しい小説を取らないのかと、口惜しがっていた。私は誇張して言えば、毎日の新聞の雑誌広告の中に武田さんの名を見つけようとして、眼を皿にしていた。そして、見つけたのは「武田麟太郎三月卅一日朝急逝・・・ 織田作之助 「武田麟太郎追悼」
・・・「其先を僕が言おうか、こうでしょう、最後にその少女が欠伸一つして、それで神聖なる恋が最後になった、そうでしょう?」と近藤も何故か真面目で言った。「ハッハッハッハッハッハッ」と二三人が噴飯して了った。「イヤ少なくとも僕の恋はそうで・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・二人が共同の使命を持ち、それを神聖視しつつ、二人の恋愛をこれにあざない合わせていくというようなことであれば、これは最も望ましい場合である。 七 私の経験と、若干の現実的示唆 以上は青年学生としての恋愛一般の掟の如きも・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・労働と犠牲とは母性愛を神聖なものにする条件だ。佐野勝也氏の母は機を織ったり、行商したりして子どもの学資をつくった。後藤新平は母の棺の前に羽織、袴で端座して、弔客のあるごとに、両手をついて、「母上様誰それがきてくれました」と報じて、涙をこぼし・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・有名な「新生」の主人公は節子に数珠を与えるがやはり別れねばならなかった。いかに数多くの愛し合った男女、誓い合った朋友、恩義ある師弟がそれぞれの事情から別れねばならなかったであろう。その中には生木を割くような生別もあるのである。 いったん・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
出典:青空文庫