・・・さんは、こう云う手順を違えずに、神を祈下そうとしましたが、お敏は泰さんとの約束を守って、うわべは正気を失ったと見せながら、内心はさらに油断なく、機会さえあれば真しやかに、二人の恋の妨げをするなと、贋の神託を下す心算でいました。勿論その時あの・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・そうして、若い娘と若い男二人がその奇抜な新宅の設備にかかっている間に、年老った方の男一人は客車の屋根の片端に坐り込んで手風琴を鳴らしながら呑気そうな歌を唄う。ところがその男のよく飼い馴らしたと見える鴉が一羽この男の右の片膝に乗って大人しくす・・・ 寺田寅彦 「鴉と唱歌」
・・・では火の玉の正体を現わし、『武道伝来記』の一と三では鹿嶋の神託の嘘八百を笑っている。 この迷信を笑う西鶴の態度は翻って色々の暴露記事となるのは当然の成行きであろう。例えば『諸国咄』では義経やその従者の悪口棚卸しに人の臍を撚り、『一代女』・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・ 昼から俊ちゃんなどと、じき隣の新宅へ遊びに行った。内の人は皆ねえさんのほうへ手伝いに行っているので、ただ中気で手足のきかぬ祖父さんと雇いばあさんがいるばかり、いつもはにぎやかな家もひっそりして、床の間の金太郎や鐘馗もさびしげに見えた。・・・ 寺田寅彦 「竜舌蘭」
・・・そこに恰好な小奇麗な新宅があるので、そこへ引越そうという相談だ。或日亭主と神さんが出て行って我輩と妹が差し向いで食事をしていると陰気な声で「あなたもいっしょに引越して下さいますか」といった。この「下さいますか」が色気のある小説的の「下さいま・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・、心身共に達者にして能く事を弁ずれども、夫婦両人は常に老人をうるさく思い、朝夕の万事互に英語を以て用を達するの風なりしゆえ、転宅の其朝に至るまで何事も老人の耳に入らずして一切夢中、何時の間にか荷物同様新宅に運搬せられたることなり。倅の不敬乱・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・その句また 尾張より東武に下る時牡丹蘂深くわけ出る蜂の名残かな 芭蕉 桃隣新宅自画自讃寒からぬ露や牡丹の花の蜜 同等のごとき、前者はただ季の景物として牡丹を用い、後者は牡丹を詠じてきわめて拙きものなり。蕪・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・或る郊外電車が古くから通じていた。終点が何で、夏は有名な遊園地であった。或る信託会社と、専門家の間ではネゲティブな意味で名を知られているその電気会社とが共同で計画して開いた住宅地が××町であった。自然の起伏を利用した規則正しい区画、東と西の・・・ 宮本百合子 「牡丹」
・・・「小石川区小日向台町何丁目何番地に新築落成して横浜市より引き移りし株式業深淵某氏宅にては、二月十七日の晩に新宅祝として、友人を招き、宴会を催し、深更に及びし為め、一二名宿泊することとなりたるに、其一名にて主人の親友なる、芝区南佐久間町何・・・ 森鴎外 「鼠坂」
出典:青空文庫