理化学の進歩が国運の発展に緊要であるという事は永い間一部の識者によって唱えられていたが、時機の熟せなかったため一向に世間には顧みられなかった。欧洲の大戦が爆発して以来は却って世間一般特に実業者の側で痛切にこの必要を感ずるよ・・・ 寺田寅彦 「物理学実験の教授について」
・・・電流と磁気との基礎的な関係をゆっくり丁寧になるべく簡単な実験で十分徹底的に諒解させれば、ダイナモやモーターの色々な様式などは三文雑誌にでも譲って沢山であろう。しかし、そういう一番肝心な基礎的なことがよく分からないで枝葉のデテールをごたごたに・・・ 寺田寅彦 「マーカス・ショーとレビュー式教育」
・・・そして死んだ年齢が二人ともに四歳で月までもほぼ同じであり、その上に死んだ時季が同じように夏始めのある月であったとしたら、どうであろう。この場合にはもはや偶然あるいは超自然的因果の境界から自然科学的の範囲に一歩を踏み込んでいるように思われて来・・・ 寺田寅彦 「厄年と etc.」
・・・同じ面積を、時季によってちがった雑草が交代して占有する順序もおもしろく、年によって最もよく繁殖する草の種類を異にする事や、それが人間の干渉によって影響される模様や、少し立ち入って研究したら一種の「雑草学」が成り立ちそうである。それを書くとき・・・ 寺田寅彦 「路傍の草」
・・・それにはいわゆるデザートコースにはいってからがきわめて適当な時機であろうという事も了解される。つまり一種の生理的の要求を満足させるための、ごちそうの献立の一つだと思えばいいのだろうと思う。ただ一つ問題になるのは、料理のほうだといやなものは食・・・ 寺田寅彦 「路傍の草」
・・・ お絹の説明によると、おひろは踊りもひとしきり高潮に達した時期があって、お絹自身が目を聳てたくらいだったが、やっぱりいろいろな苦労があって、芸事ばかりにも没頭していられなかった。「今の人はほんとに、ちょろつかなもんや。私に限らず、家・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・一度男にだまされて、それ以来自棄半分になっているのではないかと思われるところもあったが、然し祝儀の多寡によって手の裏返して世辞をいうような賤しいところは少しもなかったので、カッフェーの給仕女としてはまず品の好い方だと思われた。 以上の観・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・盲目の衰え易い盛りの時期は過ぎ去って居るのである。其でも太十の情は依然として深かった。四 彼がお石を知ってから十九年目、太十が六十の秋である。彼はお石を待ち焦れて居た。其秋のマチにも瞽女は隊を組んで幾らも来た。其頃になってか・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・監督官は巡査の小言に胆を冷したものか乃至はまた余の車を前へ突き出す労力を省くためか、昨日から人と車を天然自然ところがすべく特にこの地を相し得て余を連れだしたのである、 人の通らない馬車のかよわない時機を見計ったる監督官はさあ今だ早く乗り・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
私の処女作――と言えば先ず『猫』だろうが、別に追懐する程のこともないようだ。ただ偶然ああいうものが出来たので、私はそういう時機に達して居たというまでである。 というのが、もともと私には何をしなければならぬということがな・・・ 夏目漱石 「処女作追懐談」
出典:青空文庫