・・・ 漫画と称すべきものの中でいわゆる時事漫画と称するものがある。新聞雑誌に出るのは主としてこれである。これは私の考えている漫画としてはやや純粋を欠くものである。時代と場所の限られたる範囲の興味が高唱されているだけに普遍性を損じやすい傾向が・・・ 寺田寅彦 「漫画と科学」
・・・道太の祖父の代に、古い町家であったその家へ、縁組があった。いつごろそんな商売をやりだしたか知らなかったが、今でも長者のような気持でいるおひろたちの母親は、口の嗜好などのおごったお上品なお婆さんであった。時代の空気の流れないこの町のなかでも、・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・小野は東京で時事新報の植字部に入っていた。小野のほかに、熊本出の仲間であるTや、Nや、Kやも、東京のあちこちの印刷工場にはたらいていた。そして「時事にはいれるようにするから出てこい」と小野は書いているが、「時事はアナの本陣」で、小野は上京す・・・ 徳永直 「白い道」
・・・夕方、父親につづいて、淀井と云う爺さんがやって来た。それは殆ど毎日のよう、父には晩酌囲碁のお相手、私には其頃出来た鉄道馬車の絵なぞをかき、母には又、海老蔵や田之助の話をして、夜も更渡るまでの長尻に下女を泣かした父が役所の下役、内證で金貸をも・・・ 永井荷風 「狐」
・・・普通選挙だの労働問題だの、いわゆる時事に関する論議は、田舎訛がないとどうも釣合がわるい。垢抜けのした東京の言葉じゃ内閣弾劾の演説も出来まいじゃないか。」「そうとも。演説ばかりじゃない。文学も同じことだな。気分だの気持だのと何処の国の託だ・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・じき事である、のみならず捕虜の分際として推参な所作と思わるべし、孝ならんと欲すれば礼ならず、礼ならんと欲すれば孝ならず、やむなくんば退却か落車の二あるのみと、ちょっとの間に相場がきまってしまった、この時事に臨んでかつて狼狽したる事なきわれつ・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・なんだ。爺いさん。そいつあいけねえぜ。」一本腕が、口に一ぱい物を頬張りながら云った。 一言の返事もせずに、地びたから身を起したのは、痩せ衰えた爺いさんである。白い鬚がよごれている。頭巾の附いた、鼠色の外套の長いのをはおっているが、それが・・・ 著:ブウテフレデリック 訳:森鴎外 「橋の下」
・・・いわんや子を生み孫を生むに至ては、祖父を共にする者あり、曾祖父を共にする者あり、共に祖先の口碑をともにして、旧藩社会、別に一種の好情帯を生じ、その功能は学校教育の成跡にも万々劣ることなかるべし。・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・拙著『時事小言』の第四編にいわく、「ひっきょう、支那人がその国の広大なるを自負して他を蔑視し、かつ数千年来、陰陽五行の妄説に惑溺して、事物の真理原則を求むるの鍵を放擲したるの罪なり。天文をうかがって吉兆を卜し、星宿の変をみて禍福を憂・・・ 福沢諭吉 「物理学の要用」
・・・次にチンノレイヤの賛は珍ラシキ草花モガト茶博士ノ左千夫ガクレシチンノレヤノ花という歌、四、五年前にある爺が売りに来て小桜草という花とこの花と二種の鉢植を買って、その時春の日や草花売の脊戸に来るという句を作ったので今に覚えとる・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
出典:青空文庫