・・・彼は自動車製造という長い全面工程のたった一つの小部分にだけ精通し、労働の全能力がそこに規画されていわば精巧なかたわにされてしまっているから、ほかのところでは役にたたない。フォードの労働者が、不景気につれて案外に低賃銀をうけ入れ、労働時間の短・・・ 宮本百合子 「文学と生活」
・・・では、今日のそういう型をネオ・アンピールと呼ぶとしたらそれは正鵠を得て、内容を説明しているであろうか? 正確でも正当でもない。なぜなら、「アンピール式」が発生した当時のフランスの経済的、政治的情勢は、今日の帝国主義、世界反革命運動の策源地フ・・・ 宮本百合子 「文学に関する感想」
・・・ 元通り、仕上げの精巧なブロンズのスタンドの立って居るコーナー、しずかなメツアニン、一年前に、此処を通ったときは予想の仕様もなかったAと、今斯うやって居る―― 白い天井に小ざっぱりとした壁がみをあしらった部屋は小さいながら、まとまっ・・・ 宮本百合子 「無題(二)」
・・・と同時に、一面には予が医学を以て相交わる人は、他は小説家だから与に医学を談ずるには足らないと云い、予が官職を以て相対する人は、他は小説家だから重事を托するには足らないと云って、暗々裡に我進歩を礙げ、我成功を挫いたことは幾何ということを知らな・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
・・・盲目の尊敬では、たまたまそれをさし向ける対象が正鵠を得ていても、なんにもならぬのである。 ―――――――――――― 閭は衣服を改め輿に乗って、台州の官舍を出た。従者が数十人ある。 時は冬の初めで、霜が少し降っている。・・・ 森鴎外 「寒山拾得」
・・・ しかし、幸いなことには私は、作品の上で成功しようと思う野望は他人よりは少い。いやむしろ、そんなものは希としては持っているだけで、成功などということはあろうとは思えないのである。これは前にも書いたことで今始めて書くことではないが、作品の・・・ 横光利一 「作家の生活」
・・・洋画家の理想画や歴史画が幻想の不足のために滑稽に堕している間に、日本画家がこの方面である程度の成功を見せているのは、右のごとき事情にもとづくとも考えられる。 このことは歴史画のみならず、一般に複雑な情緒や事件を現わす画についても言える。・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
・・・人間の作る機械よりもはるかに精巧な機構を持った植物が、しかも実に豊富な変様をもって眼の前に展開されている。自分たちが今いるのはわびしい小さな電車の中ではなくして、実ににぎやかな、驚くべき見世物の充満した、アリスの鏡の国よりももっと不思議な世・・・ 和辻哲郎 「寺田さんに最後に逢った時」
出典:青空文庫