・・・それを御話するために此処へ登ったんじゃないが、如何にわれわれが悪かったかということを懺悔するために御話するのであるから、その真似をしちゃいけませんよ。現に彼処に教場に先生の机がある。先ず私たちは時間の合間合間に砂糖わりの豌豆豆を買って来て教・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・我々はかかる場合において、深く己の無力なるを知り、己を棄てて絶大の力に帰依する時、後悔の念は転じて懺悔の念となり、心は重荷を卸した如く、自ら救い、また死者に詫びることができる。『歎異抄』に「念仏はまことに浄土に生るゝ種にてやはんべるらん、ま・・・ 西田幾多郎 「我が子の死」
私の文学上の経歴――なんていっても、別に光彩のあることもないから、話すんなら、寧そ私の昔からの思想の変遷とでもいうことにしよう。いわば、半生の懺悔談だね……いや、この方が罪滅しになって結句いいかも知れん。 そこでと、第・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・い境涯であった、しかるに八十八人目の姨を喰うてしもうた時ふと夕方の一番星の光を見て悟る所があって、犬の分際で人間を喰うというのは罪の深い事だと気が付いた、そこで直様善光寺へ駈けつけて、段々今までの罪を懺悔した上で、どうか人間に生れたいと願う・・・ 正岡子規 「犬」
・・・汝等これを食するに、又懺悔の念あることなし。 斯の如きの諸の悪業、挙げて数うるなし。悪業を以ての故に、更に又諸の悪業を作る。継起して遂に竟ることなし。昼は則ち日光を懼れ又人及諸の強鳥を恐る。心暫くも安らかなるなし、一度梟身を尽して、又新・・・ 宮沢賢治 「二十六夜」
・・・今のうち懺悔してやめてしまっては。」 拍手も笑声も起りました。私たちの方から若い背広の青年が立って行きました。「あの人は私は知ってますよ。ニュウヨウクで二三遍話したんです。大学生です。」 その青年は少し激昂した風で演説し始めまし・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・ 神よ、日記は爾が余に与へ給へる懺悔録なり。余はこの紙に対して余の感情をいつはり記すこと能はず。故に余敢ていつはらずして此事を記しぬ。嗚呼。神如何なれば人の子を試み給ふや。如何なれば血熱し易き余を捕へ給ひて苦き盃を与へ給ひしや。如何なれば常・・・ 宮本百合子 「「或る女」についてのノート」
・・・民話をかきはじめ、当時のロシアのギリシャ教の神学への批判をかき、「我が懺悔」「我が宗教」「我等何をなすべきか」等を著し、好きな狩猟をも、楽しみのための殺戮に反対してやめてしまった。次から次へと生れて来る子供たちの世話をしたり、家政をとる傍ら・・・ 宮本百合子 「ジャンの物語」
・・・ここに書くところは即ち予の懺悔で、彼宿因を了する所以だ。人は社会を成す動物だ。樵夫は樵夫と相交って相語る。漁夫は漁夫と相交って相語る。予は読書癖があるので、文を好む友を獲て共に語るのを楽にして居た。然るに国民之友の主筆徳富猪一郎君が予の語る・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
・・・や「我懺悔」を主義宣伝に応用しているから、一応尤もだとも云われよう。小説や脚本には、世界中どこの国でも、格別けむたがっているような作はない。それを危険だとしてある。「戦争と平和」で、戦争に勝つのはえらい大将やえらい参謀が勝たせるのではなくて・・・ 森鴎外 「沈黙の塔」
出典:青空文庫