・・・ちょうど科学者がある実験を想像してその経過を既知の方則で導いて行くと同じように、作者は先ずある人間とその環境とを想定して、作者の把えていると信ずる一種の方則に照らして事件の推移を追究して行くのである。ただこの場合に科学の場合とちがうのは、そ・・・ 寺田寅彦 「文学の中の科学的要素」
・・・ドイツ書の装幀なり印刷なりにはドイツ人のあらゆる歴史と切り離す事のできないものがあると同様にフランスの本にはどうしてもパリジアンとパリジェンヌのにおいが浮動している。たとえ一字も読めない人に見せてもこの著しい区別は感じられないではいられまい・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
書物に於ける装幀の趣味は、絵画に於ける額縁や表装と同じく、一つの明白な芸術の「続き」ではないか。彼の画面に対して、あんなにも透視的の奥行きをあたへたり、適度の明暗を反映させたり、よつて以てそれを空間から切りぬき、一つの落付・・・ 萩原朔太郎 「装幀の意義」
・・・その前後に、これまでは決して插画を描かなかった小村雪岱、石井鶴三、中川一政などという画家たちが、装幀や插画にのり出して来て、その人々のその種の作品は、本格的な画家であるが故に珍重されつつ、その半面ではそのことで彼等の本格の仕事に一種派手やか・・・ 宮本百合子 「おのずから低きに」
・・・三岸節子の装幀で、瀟洒な白と金の地に、黒い縞馬の描かれた本も見た。当時、それは、文学作品としてよまれたのだった。 時をへだてて、ふたたびローレンスの作品集が出版されはじめた。そして、刑事問題をおこしている。取締りにあたる人々が、問題とな・・・ 宮本百合子 「傷だらけの足」
最近豪華版とか、限定版とか称する書籍を見る。少い部数で、一々本の番号を付し、非常に立派な装幀で、一見洵に豪華なものである。限られた少数の富裕な見手を目当てにしたものだろう。私達から見れば此上なく意味のないもので、読んで見て・・・ 宮本百合子 「業者と美術家の覚醒を促す」
・・・「さすがに装幀もようござんすね」そう云ったきり一冊しか出さないのである。 純綿ものでも出されたような工合で、その一冊を買った。 日本画家の芸術家としての内部生活の限界とでもいうようなものにふれて、様々の読後感に打たれた。・・・ 宮本百合子 「「青眉抄」について」
・・・更に彼は、そういう自然力と科学の力との間にある可能を現実とするために決定的な大きい作用をもたらす人間の種類をも計画し、二組の探検隊を想定して、一方はベスファミーリヌイという訓練の出来た、控え目な、自信から発する落つきのある男、一方は甚しく熱・・・ 宮本百合子 「文学のひろがり」
・・・ 同伴者の作家は、彼らのしゃれた装釘の本で何を書いているか? 構成派の作家たちは、ハイカラで気取った文章で、何をいおうとしているか。そして、それは、社会主義社会への達成に、汗と血を惜しまぬソヴェト・プロレタリアートのためにどんな価値・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
・・・何故なら私の記憶の前には、中川一政氏によって装幀された厚い一冊の本と、ゴーリキイの如何にも彼らしい「なに、結構読める」と云った声とがまざまざと結びついて生きていて、その思い出はゴーリキイという一人の大きい作家の生涯の過程を私に会得させるため・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
出典:青空文庫