・・・古いが、もとは相当にものが良かったらしい外套の下から、白く洗い晒された彼女のスカートがちらちら見えていた。「お前は、人をよせつけないから、ザンパンが有ったってやらないよ。」「あら、そう。」 彼女は響きのいい、すき通るような声を出・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・この人も相当に釣に苦労していますね、切れる処を決めて置きたいからそういうことをするので、岡釣じゃなおのことです、何処でも構わないでぶっ込むのですから、ぶち込んだ処にかかりがあれば引かかってしまう。そこで竿をいたわって、しかも早く埒の明くよう・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・山崎のお母さんというのは相当教育のある人で、息子たちのしている事を、気持からばかりでなしに、ちアんとした筋道を通しても知っていた。「息子が正しい理窟から死んでも自分の仕事をやめないと分ったら、親がその仕事の邪魔をするのが間違で――どうしても・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・「そこはね、みんながおたがいに友だちになって、悲しい事も争闘もしない所です」「私はそこに行きたいなあ」 と子どもが言いました。「私もですよ」 と憂さ辛さに浮き世をはかなんださびしいおかあさんも言いました。・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・まず、最初の段階は、微積分学の発見時代に相当する。それからがギリシャ伝来の数学に対する広い意味の近代的数学であります。こうして新しい領分が開けたわけですから、その開けた直後は高まるというよりも寧ろ広まる時代、拡張の時代です。それが十八世紀の・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・なんだか面倒になりそうだから、おれは十五に相当する金をやった。部屋に這入って見ると、机の上に鹿の角や花束が載っていて、その傍に脱して置いて出た古襟があった。窓を開けて、襟を外へ投げた。それから着物を脱いで横になった。しかし今一つ例の七ルウブ・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・彼自身の言葉によるとこの職務にも相当な興味をもって働いていたようである。 一九〇五年になって彼は永い間の研究の結果を発表し始めた。頭の中にいっぱいにたまっていたものが大河の堤を決したような勢いで溢れ出した。『物理年鑑』に出した論文だけで・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・猛獣の争闘のように血を流し肉を破らないから一見残酷でないようでありむしろ滑稽のようにも見えるが、実は最も残忍な決闘である。精神的にこれとよく似た果たし合いは人間の世界にもしばしばあるが、不思議なことにはこういう種類の決闘は法律で禁じられてい・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・なんの映画であったか忘れたが東洋物の場面の間に、毒蛇とマングースとの命がけの争闘を写したものをはさんだのがあった。それはあまりたいした成効とは思われなかったが、しかしともかくも人間のドラマのシーンの中間に天然のドラマの短いシーンをはさんで効・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・現代人は相生、調和の美しさはもはや眠けを誘うだけであって、相剋争闘の爆音のほうが古典的和弦などよりもはるかに快く聞かれるのであろう。そういう爆音を街頭に放散しているものの随一はカフェやバーの正面の装飾美術であろう。ちょうどいろいろな商品のレ・・・ 寺田寅彦 「カメラをさげて」
出典:青空文庫