・・・極度の静謐、すっかり境界がぼやけ、あらゆる固執を失った心と対象との間に、自ら湧き起る感興、想念と云うもので先ずその第一歩を踏み出すのが創作の最も自然な心の態度らしく感ぜられ始めたのである。何たる沈黙、沈黙を聞取ろうと耳傾ける沈黙――人が、己・・・ 宮本百合子 「透き徹る秋」
・・・ 何かの婦人雑誌に彼が最近かいたものの中で、文学を日夜想念する作家として誰彼のことを云っていたが、文学の想念ということは、窮局には、たゆまず自分を破いて行こうとする情熱、それを表現し文学化してゆく文学上の諸要件での一致点の発見のことでは・・・ 宮本百合子 「地の塩文学の塩」
・・・ 父才八は永禄元年出生候て、三歳にして怙を失い、母の手に養育いたされ候て人と成り候。壮年に及びて弥五右衛門景一と名告り、母の族なる播磨国の人佐野官十郎方に寄居いたしおり候。さてその縁故をもって赤松左兵衛督殿に仕え、天正九年千石を給わり候・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書」
・・・殉死は国家の御制禁なる事、篤と承知候えども壮年の頃相役を討ちし某が死遅れ候迄なれば、御咎も無之かと存じ候。 某平生朋友等無之候えども、大徳寺清宕和尚は年来入懇に致しおり候えば、この遺書国許へ御遣わし下され候前に、御見せ下されたく、近郷の・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書(初稿)」
・・・痛手を負った老人の足は、壮年の癖者に及ばなかったのである。 三右衛門は灼けるような痛を頭と手とに覚えて、眩暈が萌して来た。それでも自分で自分を励まして、金部屋へ引き返して、何より先に金箱の錠前を改めた。なんの異状もない。「先ず好かった」・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・これらの選択や利用が、すべて画家のある想念に――主としていわゆる詩的な美しい場面を根拠とするある幻想に――支配せられていることは、何人も否み得ないであろう。日本画のこのような特質に注意を集めて、それを「浪漫的」と呼んでも、必ずしも不都合はな・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
・・・四 早年にして成長のとまる人がある。根をおろそかにしたからである。 四十に近づいて急に美しい花を開き豊かな果実を結ぶ人がある。下に食い入る事に没頭していたからである。 私の知人にも理解のいい頭と、感激の強い心臓と、よ・・・ 和辻哲郎 「樹の根」
出典:青空文庫