・・・しずかな足音に交ってかるいやさしい調子の話声がきこえたりゆれる毎に美くしい香を送って来ることなどは京に出たがって居る若い女の心をそそるに十分であった。 供の男がならんで歩いて居る男に、「ホラ御覧、あの柳のかげに居る女を、今一寸見た時・・・ 宮本百合子 「錦木」
・・・卑俗な風俗小説のほとんどすべてが、読者の好奇をそそるために、闇の世界とえせの貴族趣味とをからみあわせて場面をいろどっている。成り上りに対しては、真の貴族であったほこりも甦り、しかしそのような意識を自嘲せずにいられなくする心理もあるだろう。・・・ 宮本百合子 「日本の青春」
・・・ 四辺が煌々と明るくなるとますます目の下の空っぽの議席が空虚の感じをそそる。遠くの円形棧敷の貴賓席に、ぽつりと一人いる人の黒服と白髪の輪廓も鮮やかにこちらから見える。 開会されたのは三時すぎであった。何百何千のひとは、今朝になるまで・・・ 宮本百合子 「待呆け議会風景」
・・・笛の音は遠く遠く、羊を追う牧童の胸をまでそそるようにどっしりとして夕暮の闇をはいて居る木の間をくぐって遠く遠く、そのすぐわきに足をのばして白い靴のさきを見つめながら笛に気をとられて居たローズの目は段々に上を見つめて又その目は下に落ちて段々色・・・ 宮本百合子 「無題(一)」
・・・アカンサスの葉で飾られた精緻な柱頭と、単純で力強い柱台とに注意を向けた如く、学徒が、狂暴な程、雑多な原質の目覚める青年期、不思議に還元的色彩を帯びる更年期を特に著しい二焦点と感じるのは、まことに興味をそそることなのです。 けれども、各個・・・ 宮本百合子 「われを省みる」
出典:青空文庫