・・・ けれども、それではいつまでも何も仕事が出来ないので、某所に秘密の仕事部屋を設ける事にしたのである。それはどこにあるのか、家の者にも知らせていない。毎朝、九時頃、私は家の者に弁当を作らせ、それを持ってその仕事部屋に出勤する。さすがにその・・・ 太宰治 「朝」
・・・ポルジイはこれを承って、乱暴にも、「それでは肥料車の積載の修行をするのですな」と云った。その二は世界を一周して来いと云うのである。半年程留守を明けて、変った事物を見聞して来るうちには、ドリスを忘れるだろうと云うのである。勿論漫遊だって、身分・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・ それでは大学入学の資格はどうしてきめるかとの問に対して、「偶然に支配されるような火の試練でなく、一体の成績によればいい。これは教師にはよく分るもので、もし分らなければ罪はやはり教師にある。教案が生徒を圧迫する度が少なければ少ないほ・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・「帰ってくれというのに帰らないのは穏かでない。それではまるで強請も同様だ。お前さんがいくら何と云っても僕の方では金を出すべき義務も理由もないのだから。駄目だよ。」「それでも、わたしお金がいるんですよ。あなたはお金のある人なんだからい・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・ それでは子供が背に負われて大人といっしょに歩くような真似をやめて、じみちに発展の順序を尽して進む事はどうしてもできまいかという相談が出るかも知れない。そういう御相談が出れば私も無い事もないと御答をする。が西洋で百年かかってようやく今日・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・最も普通の俳優はこんな時「それではあんまり不自然で引っ込みにくいから、相手になんとか言わせてくれ」と、作者に頼むのが例になっている。 ―――――――――――――――――――― 愛する友よ、あなたがもう返事をするに・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・ 土葬はいかにも窮屈であるが、それでは火葬はどうかというと火葬は面白くない。火葬にも種類があるが、煉瓦の煙突の立っておる此頃の火葬場という者は棺を入れる所に仕切りがあって其仕切りの中へ一つ宛棺を入れて夜になると皆を一緒に蒸焼きにしてしま・・・ 正岡子規 「死後」
・・・「さあ、それではいよいよここときめるか。」 も一人が、なつかしそうにあたりを見まわしながら云いました。「よし、そう決めよう。」いままでだまって立っていた、四人目の百姓が云いました。 四人はそこでよろこんで、せなかの荷物をどし・・・ 宮沢賢治 「狼森と笊森、盗森」
・・・「へえ、夏場ですととてもそれでは何でございますが、只今のこってすから……」 彼等はそこを出てから、ぶらぶら歩いて紅葉屋へ紅茶をのみに行った。「陽ちゃんも、いよいよここの御厄介になるようになっちゃったわね」 ふき子は、どこか亢・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・そのことがわかったとき、人々の間に、「それではお鷹も殉死したのか」とささやく声が聞えた。それは殿様がお隠れになった当日から一昨日までに殉死した家臣が十余人あって、中にも一昨日は八人一時に切腹し、昨日も一人切腹したので、家中誰一人殉死のことを・・・ 森鴎外 「阿部一族」
出典:青空文庫